「あれ?ユズ、来てたのか」


 店のカウンターの奥に座ってたあたしに、イツキのその声が聞こえたのは店に来てから随分経っての事で、



「電話してくりゃいいのに。いつ来た?」


 そう言って隣に座るイツキをただ黙って見つめてた。



 男女の付き合い方は人それぞれ。



 行動一つ一つにどんな気持ちやどんな意味があるのかは分からない。



 けどイツキは分かりやすくその愛情を与えてくれる。



 それがありがたい事かどうかもまた個人の問題だけど、あたしはありがたいと思う。



 ヤシマさんと彼女を見て、強くそう思った。



 あの2人の間にはあの2人しか分からない何かがあって、それはそれであの子は幸せなのかもしれないけど、あたしはこうして分かりやすく愛情を注がれたい。



「来たのは2時半過ぎだから……4時間くらい前かな?けど待ってる時間も楽しいから」


 そう笑うあたしに、イツキも優しく微笑んでくれる。



 そんなイツキに微笑み返しながら、その後ろを通り過ぎていくヤシマさんの姿を見た。



 きっとヤシマさんも今まであの彼女と会ってたんだろうなって、それをあたししか知らない事に妙な優越感が芽生える。



「こんばんは」


 そう声を掛けたあたしに、



「今晩和。今日はちょっと寒いですね」


 応えてくれるヤシマさんのその口調に、今までとは違う感覚を覚える。



 その口調が彼女を真似たものだと分かって、更に穏やかさと優しさを感じる。



 それはあの彼女を連想させるからで、あのおっとりとした穏やかな彼女は何故かあたしを優しい気持ちにしてくれる。



「あたしとは違うんだろうな」


「何が?」


 ポツンと呟いたあたしの言葉に、イツキはきょとんとした顔をする。



「過ごしてきた人生?」


「ん?」


「凄く穏やかな人生を過ごしてきたんだと思うんだよね」


「誰が?」


「内緒」


 クスクスと笑うあたしにイツキは困惑の表情を作り、それでもまだ笑ってるあたしを見るとそれに釣られたように口元に笑みを作った。



 その日はやけに店が混雑してた。



 引っ切り無しに入れ替わり立ち替わりにお客さんがやって来て、店員も忙しそうだった。



 でもその理由は珍しく店内にずっとヤシマさんがいるからで、出入りするお客さんは皆ヤシマさんに話し掛けに行く。



「混んでるし、外に飯でも食いに行く?」


 イツキにそう言われ、店にある時計に目を向けるともう0時近くになっていて、



「そうだね」


 そう答えて席を立とうとするあたしの隣でイツキも椅子から腰を上げた。



「今日飯食ったの遅くてあんま腹減らなかったけど、お前結構腹減ってんじゃないか?」


「ううん。お菓子とか食べてたしそんなに減ってない」


「ならいいけど。飯食ったら家送る」


「うん」


「あー…ファミレスでもいいか?まだそこまで腹減ってねぇから」


「うん、いいよ。って、ご飯いつ食べたの?」


「ここに来る前だから……6時くらい?」


「それでも6時間くらい経ってるじゃん」


「いや、マジでめちゃくちゃ食ったんだよ。ヤシマさんが奢ってくれたんだけど――…」


「え?何?」


 席を立ち、入口に向かいながらそんな会話をしていたあたしは、イツキの言葉に足を止めた。



 店の入り口の前。



 ガラス扉のその向こうには、未だ雨が降っている。



「何って?」


「今……何て言った?」


「何てって、ヤシマさんに奢ってもらって、」


「ずっと!?」


「は?」


「ずっとヤシマさんと一緒だったの!?」


「あ、うん。朝から……ってか、昨日の夜からずっと一緒」


「何で!?」


「は?」


「だって彼女!ヤシマさんの彼女、コンビニの外で昼からヤシマさんの事待ってた!」


 あたしのその声は悲鳴に近かった。



 視界に捉えてるものはイツキじゃなく、外に降る雨だった。



 昼間よりもずっと雨脚が強くなったその光景を見ながら、まさかこんな時間まであの子は待ってはいないだろうと祈りに近い思いを抱いた。



 あたしの言葉を聞いたイツキは、驚いた顔をして店内に戻っていく。



 その姿を見つめるあたしの視界の中、予想外の出来事が起こった。



 ヤシマさんの所へ行ったイツキが、ヤシマさんに何かを告げる。



 それがあたしが言った事を報告してるんだって安易に予想出来たその直後、予想外の事が起こった。



 イツキが何かを言い終わるまでにヤシマさんが勢いよく立ち上がり、ガタンと大きな音を立て走り出したヤシマさんは、そのままあたしの目の前を通り過ぎ、外へと飛び出した。



 目の前を通り過ぎたその時に見たヤシマさんのその顔は、凄く怖い顔をしていて――…



「約束してないらしい。誰かにハメられたんだと思う。ヤシマさんの事目の敵にしてる奴多いし、あの彼女の事ねたんでる奴らもいるし」


 いつの間にか隣に来ていたイツキのその言葉に、あたしは小さく頷いて、どうかあの子が待ち続けていないでもう家に帰っていますようにと心から祈った。



 その後どうなったのかあたしは知らない。



 聞いても教えてもらえなかったし、深く追求しようとは思わなかった。



 ただその数日後、この界隈で少し騒動が起きたのは確かで……更にその数日後、ヤシマさんから壊れてた部分が修理された傘を返された。



「ありがとう」


 そんな優しい言葉と共に。

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