第18話継承の儀

ガルムは依然として激しい痛みに苛まれ、意識を失っていた。体内で龍の力が暴れ回り、彼の肉体を試しているかのようだった。アイリスは彼の傍らで手を握り、涙をこらえながら祈っていた。


「ガルムくん…頑張って…」アイリスはその苦しそうな表情に心を痛めながら、彼が回復するのをただ待っていた。


龍妃も静かに見守りながら、「彼がこの試練を乗り越えられるかは、彼の強さにかかっています。今は見守るしかありません」と静かに告げた。


ガルムの意識は深い闇の中で漂い続けていた。激しい痛みと共に、彼は奇妙な場所に引き込まれた。目の前には、かつて戦った龍族の門番、大男が岩の上に座っていた。彼は静かに目を開け、ガルムを見つめていた。


「お前は…誰だ?」アエリオンがその姿に戸惑いながら問いかける。


大男は穏やかに答えた。「俺はお前が戦った龍族の門番だ。だが、今ここにいるのはお前に警告をするためだ。」


スレイアが少し戸惑いながらも尋ねた。「警告?一体、何の話だ?」


大男は静かに頷き、話を続けた。「お前たちが手に入れようとしている力は、龍の力だ。しかし、その力には代償が伴う。力を完全に受け入れるためには、お前たちはさらに大きな試練に直面するだろう。その試練の中には、お前たちがまだ知らない存在もいる…オロチという名の強敵だ。」


「オロチ…?そんな名前、聞いたこともない。」アエリオンが疑問を抱く。


大男は続けた。「オロチは、この世界で最も恐ろしい存在の一つだ。かつて龍族と長く戦い続け、その力は並みの者では対抗できない。お前たちが手に入れる力は、オロチに対抗するためのものであり、試練を乗り越えなければならない。」


スレイアは静かにその言葉を受け取りながら、「俺たちはオロチと戦うために、この力を手に入れるんだな…」


「そうだ。そのためには、お前たちは自らの限界を超え、この試練を受け入れなければならない。」大男は一瞬、厳しい目を向けた。「だが、気を抜けばその力に飲み込まれることもある。お前たちの決意が試される。」


アエリオンはその言葉を噛みしめるように、「俺たちは、この試練を乗り越えてみせる。オロチに対抗するために、この力を完全に自分のものにする。」


大男は満足そうに頷き、最後にこう言った。「お前たちの道はまだ長い。だが、乗り越えればお前たちは真の力を手にするだろう。オロチに立ち向かう時が来た時、その力が試されるだろう。」


現実では、ガルムの体は依然として激しく痛み、ベッドの上で微かに震えていた。アイリスはその手を握りしめながら、ただ彼の回復を祈っていた。龍妃も静かに見守り、「彼がこの試練を乗り越えることができれば、龍の力が完全に彼のものとなるでしょう」と囁いた。


ガルムの夢の中では、大男の姿が消え、彼は一人で座禅を組み、精神を統一し始めていた。龍の力が体内で暴れ回りながらも、徐々に馴染んでいくのを感じていた。坐禅を組んでどれだけの時間が過ぎただろう?激しい痛みはまだ残っていたが、徐々にそれが薄れ、体内に馴染んでいく感覚があった。


「段々慣れてきたのかな?」アエリオンが深呼吸しながら呟く。


すると、スレイアが静かに答えた。「慣れたというより、龍の力と一体化し始めているんじゃないか?ただ…その割には力が漲るとか、そういう感覚はないな。今は精神統一しているだけって感じだ。」


アエリオンは少し落ち着かない様子で、「確かに、今のところ劇的な変化は感じない。でも、何かが変わってるはずだろ?」


スレイアは冷静に返す。「今は体と精神が馴染む過程だ。焦らずに、落ち着きを持った方がいい。」


「わかったよ…」アエリオンは息を整え、再び集中し始めた。心を落ち着け、体内で渦巻く力を感じながら、龍の力と完全に一体化するための道を模索していた。坐禅を組んでいたガルムは、痛みが徐々に薄れ、体が軽くなっていくのを感じた。精神を統一し、アエリオンとスレイアの言葉を反芻しながら、力がゆっくりと体内に巡り始める。龍の力が彼の体と魂に浸透しつつあった。突然、まぶたが軽くなり、目を開けると、目の前にあったのは薄暗い天井、そして…。


「ガルムくん!」

聞き覚えのある声が耳に届いた瞬間、柔らかい体が彼に覆いかぶさってきた。アイリスだった。彼女はガルムを抱きしめ、泣きながら何度も彼の名前を呼んでいた。


「アイリス…」ガルムは彼女の温もりに包まれ、少し驚きつつも優しく彼女の背中に手を回した。「心配かけたな…でも、大丈夫だよ。」


アイリスは涙をぬぐいながら、少し顔を上げてガルムを見つめた。「本当に無事でよかった…もう、ずっと起きないかと思って…」彼女の声はまだ震えていたが、安堵の色が見える。


ガルムは小さく微笑んで、「ありがとう。君がいてくれてよかった」と静かに囁いた。その言葉にアイリスはもう一度彼を抱きしめ、胸に顔をうずめた。


その時、静かな足音が聞こえ、二人のそばに龍妃が現れた。彼女は穏やかな表情で、ガルムを見下ろしていた。


「目覚めたようね、新たな力を得たということよ。だが、これからが本当の試練となる。」龍妃の声は優しいが、どこか重々しい。


ガルムはアイリスをそっと離し、龍妃に向かって頷いた。「わかってる。龍の力が完全に馴染むにはまだ時間がかかるだろう。でも、俺は準備ができてる。」


龍妃はその言葉に頷き、「力を得たとはいえ、それを使いこなすにはさらなる修行が必要だ。次の段階に進む準備が整ったら、私の元へ来るといい。」


アイリスも立ち上がり、ガルムの隣に並んで龍妃に向き合った。「ガルムくんならきっともっと強くなるわ。」


ガルムはアイリスの言葉を聞き、少し笑みを浮かべた。「一緒に進んでいこう、アイリス!俺たちなら大丈夫だ。」すると少し戸惑った様子でガルムの前に立ち、深呼吸をしてから彼に話しかけた。「ガルムくん、その事で私…話があるんです。」


ガルムは少し驚きながらアイリスを見つめた。「どうしたんだ、アイリス?」


アイリスは視線を下に向け、少し考えるようにしてから、再びガルムの顔を見上げた。「私も、もっと強くなりたいの。もっと…ガルムくんの役に立ちたい。でも、今のままじゃダメだって思ってて…だから、私だけ別の異世界に行こうと思います。」


ガルムはその言葉を聞き、しばらく黙っていたが、少し戸惑いを隠せなかった。「別の異世界に…行くのか?一緒にいてくれるかと思ってたけど…」


アイリスは切ない表情を浮かべ、涙が少し滲んでいる。「ごめんね…でも、私ももっと頑張らなきゃって思ったの。ガルムくんも修行するなら、私も別の場所で修行して、強くなりたいの。駄目かな?」


ガルムは一瞬、返事に詰まったが、すぐに静かに頷いた。「いや…駄目じゃない。でも、一緒にいてくれると思ってたから、少し寂しいよ。」


アイリスはその言葉に、さらに涙をこぼしそうになりながらも、ガルムに向かって歩み寄り、優しく抱きしめた。「ごめんね…でも、私も強くなって、ガルムくんを助けたいの。だから、今はお別れしなきゃいけないけど…また必ず会いましょう。絶対に忘れないでね…」


ガルムも彼女の抱擁を受け入れ、静かに頷いた。「アイリス、絶対に忘れない。お互い頑張って、必ずまた会おう。」


アイリスは涙を拭い、笑顔を作ろうとしたが、その表情はどこか寂しげだった。「ありがとう、ガルムくん。じゃあ…」


彼女はそっとガルムから離れ、背を向けて歩き出した。足取りは重かったが、決意を感じさせるものだった。遠くに見えるガイドの元へ向かって、アイリスは一歩一歩進んでいった。


「ガルムくん…バイバイ…」アイリスは振り返りながら、涙を拭って無理に笑いながら手を振ったが、すぐに泣き崩れるように走り去って行った。


ガルムはその後ろ姿を静かに見守りながら、彼女が去っていくのをじっと見つめていた。風が静かに吹き抜け、アイリスが消えていく方向に向かって彼は小さく手を振った。心の中で、「必ずまた会おう」と強く誓いながら…。アイリスは、ガルムとの別れの後、心を決めてガイドの元へ足を運んだ。彼女の顔には、まだ涙の痕が残っていたが、決意に満ちた表情をしていた。


「ガイドさん…私だけ、別の異世界に行けませんか?」アイリスは少し震えた声で尋ねた。


ガイドは驚いた様子で「え?ガルムくんはどうしたの?」と尋ねる。


「ガルムくんはここで修行を頑張るんです…でも、私がここにいても、何もできないし、強くもなれないんです。回復魔法も、強力な攻撃魔法も使えるようになりたい…だから…」アイリスは、必死に涙を堪えようとしたが、ぽろぽろと涙が溢れてきた。


「パーティは解消しないのね?」ガイドが優しく確認すると、アイリスは力強く頷いた。「はい…パーティは解消しません。でも、今は…一緒にいるだけじゃダメなんです。私も成長しなきゃ…」


ガイドは彼女の決意を感じ取り、少し微笑みながら言った。「なら、また次の次で合流できるか、ガルムくんが君の元に行くかっていう形になるわね。異世界の指定は本来できないけど、ここから近い異世界で、君の修行になりそうな場所がいいわね。」


「はい…それがいいです。」アイリスは少し落ち着きを取り戻し、ガイドの言葉に耳を傾けた。


「そうね…あ、ちょうどいい世界があるわ。前にパーティを組んでいたララさんたちがいる『魔法の世界』っていう場所。今、彼女たちもそこにいて、魔法の修行をしているわ。どうかしら?」


「え?ララさんたちが…魔法の世界に?会いたいって思ってたんです…良いんですか?」アイリスは驚きと喜びが混じった表情で、ガイドに確認した。


ガイドはニコッと微笑み、「もちろん。じゃあ、決まりね。転送装置に入ってくれる?」と、手元に装置を取り出した。


アイリスは転送装置を見つめながら、一度深呼吸し、決意を固める。「でも…本当にこれでいいんですか?ガルムくんとお別れして…」


ガイドは少し考え込みながら、「ガルムくんなら、君がそばにいるだけでいいって言うかもしれないけど、若いからこそ、力をつけるのは悪いことじゃないわ。力をつけて、さらに成長してから、彼の元に戻るのも一つの選択だと思うわ。」


アイリスは小さく頷きながら、「そうですね…ガルムくんが傷つく姿を見るのは辛いけど、私もあの人に相応しい女になりたいです。だから、修行して、もっと強くなって…絶対に戻ってきます。」


そう言って、アイリスは転送装置に足を踏み入れた。涙を拭いながらも、前を向く決意が彼女の中に満ちていた。


「それでいいのよ。ガルムくんも頑張ってるし、メビウス様もきっと、あなたを悪い方向には導かないはず。ここは冒険者ギルドすら置けない危険な世界だけど…必ずいい方向に向かうわ。」


ガイドがそう言いながら、アイリスを送り出し、アイリスが転送装置に吸い込まれ、光の中へ消えていくと、辺りは静寂に包まれた。ガイドはしばらくその場に立ち尽くし、空を見上げた。風が少しだけ吹き抜け、遠くの山々の輪郭がぼんやりと見える。


「メビウス様…なぜ彼らをこんな危険な世界に連れてきたのですか…?」


ガイドは小さく呟きながら、空に向けて問いかけた。彼女の目には少し不安の色が見えたが、その表情には信頼も浮かんでいた。


「冒険者ギルドすら置けない、こんな危険な世界に…。それでも、彼らを試しているのでしょうか?彼らが成長するために、ここが必要だと…?」


風が静かに止まり、答えのない空間が広がる中、ガイドはもう一度深呼吸し、空を見つめたまま小さく頷いた。「きっと、そうなんですよね…。彼らがこの世界を乗り越えた時、さらに強くなれるんですよね。」


そう言って、ガイドは静かにその場を後にした。アイリスが旅立った今、ガルムの修行がこれから本格的に始まるのだと、彼女は信じていた。

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