第8話旅立ち

ガルムとスレイアがガイドの言葉に耳を傾けていた。「あなたは正規のルートで異世界に来ていないので、正規の冒険者ギルドへの登録は現在できません。しかし、この書類にサインをいただければ、今後は冒険者ギルドへの登録も可能です」とガイドが淡々と説明を始める。


その言葉を聞いて、アエリオンはすぐにサインをしようとしたが、スレイアが「ちょっと、ちゃんと確認した方がいい」と真剣な表情で忠告した。そのやりとりを見ていたガイドは、微笑みながら「まるで兄弟みたいね」と軽く言い、二人は声に出していたのかと戸惑いながらも、書類を読み始めた。


書類に書かれている内容は、決して難解なものではなかった。基本的な項目として「死亡してもやり直しはできない」「異世界に移動する際に現在の肉体を破棄することがある」などが書かれており、特に注目すべきは最後に記された「その世界の住民の尊厳や価値観を否定する行為、大量虐殺などがあった場合、処罰の対象になる」という一文だった。二人は互いに目を合わせ、「特に問題ないか」と確認すると、アエリオンがサインをする。するとガイドは満足そうにスタンプを押し、「エンジョイ♪」と言って軽く拍手した。


「これで登録は完了です。次の世界に行きたい時は、私に声をかけてくださいね」とガイドが説明を終えた後、二人は深い考えに沈んだ。


「どうする?」とアエリオンが悩む。「姫探しもあるし、別の世界に行きたい気持ちはあるけど……家族には何て言えばいいんだ?見た目は6歳のままだし、旅に出るなんて不自然だろう?」


スレイアも悩んでいる。「確かに……。でも、このまま肉体を離れることに不安もある。そもそも、この肉体の持ち主はもう死んでいるわけだし……」


ガイドはそんな二人の様子に気づき、「何を気にされているんですか?肉体は離れても、次の世界では新たな肉体が用意されますのでご安心ください。見た目の設定もご自由に調整可能ですから」と明るい笑顔で言った。


「じゃあ……大丈夫かな」とアエリオンは一瞬迷ったが、スレイアがふと気づき、「でも、元の肉体が死んでたら、肉体を離れたら遺体とご対面ってことになるんじゃないか?」と、真剣な顔で質問を投げかけた。


ガイドは少し戸惑った表情を見せ、「あら、どういうことですか?」と尋ねたので、二人は自分たちの経緯を説明し始めた。


「……なるほど。それは随分と特殊な転生ですね。本来なら肉体は別に作られて、そこに魂を移すのですが、お腹の中の胎児に入って生まれた……そんな事例は記録にありませんね。少し確認してきますので、少々お待ちください」と言い残し、ガイドは姿を消した。


「そもそも、二人で一つの体ってのも特殊だし、胎児から転生するなんてのも珍しいらしいし、俺たち、何もかもが特別な存在だよな!」とアエリオンは少し笑顔を見せ、スレイアも少しだけ微笑んだ。


「でも……この体で生き続けなきゃ、なんか悪い気がする」と、少し決意を込めた声でアエリオンが言うと、スレイアも考え込む。「確かに……でも、分離できるなら俺はしたいけどな」とスレイアは静かに答えた。


「それも含めて、ガイドの返事を待とう」とアエリオンは呟き、二人はガイドの帰還を待ちながら、どこか不安な表情で遠くを見つめていた。しばらくするとガイドが戻ってきて、「胎児になって転生のパターンはありますが、元々いた魂を消して生まれ変わるパターンはほとんどないですね。肉体を変えればこの肉体は魂がないので消滅しますね」と説明した。アエリオンは「じゃあ、この肉体のまま今後も行くよ。今の家族にも、持ち主にも申し訳ないしな」と即座に答え、スレイアも同意した。「分かりました。では、見た目の変更もなくこのまま進めます。異世界に行く時には一度消滅した後に同じ姿で再構築されますので安心してくださいね。やり残したことがなければ、このまま行けますが、どうされますか?」とガイドは続けた。


「一応、家族に挨拶してから行きます」とアエリオンは決意し、ガイドは転送装置を準備。「家まで転送装置を出すので行ってください」と手厚いサポートを受け、アエリオンとスレイアは家に戻ることに。


転送装置に入ると、目の前にはいつもの家が広がっていた。家族はいつもと変わらず、日常の生活を送っている。「なあ、この辺に冒険者が来なかったのはやっぱりクエストと関係ないからかな?」とスレイアが疑問を投げかけると、「俺もゲームしてるからわかるけど、クエストと関係ない場所にはわざわざ冒険者は行かないよ」とアエリオンが応じた。


スレイアは「じゃあ、冒険者ギルドも住民に配慮して、迷惑になりづらい場所にダンジョンを用意してるのかな?」とさらに考え込む。


「そうかもな。エンジョイって言ってるし、あくまでも楽しませるのが目的だろう。迷惑をかけるつもりはないんじゃないかな?ただ、俺たちみたいな正規じゃない存在や、ヴァルクアみたいなのが例外としているけどな…」とアエリオンも考え込むが、気を取り直して家のドアを開ける。


「ただいま~!」と家に向かって叫ぶと、母と姉が「おかえりー!」と返してくれる。その当たり前の日常に、アエリオンは少しの寂しさを感じていた。


「ちょっと話があるんだ」と告げると、姉が冗談半分で「え、彼女でもできたの?」と笑って言う。アエリオンは「そうじゃないよ! 旅に出るんだ」と冒険者になる決意を話すが、案の定反対される。


すると、突然家の中に現れた謎の老人が「まあ、この子の決意も固いし、行かせてやれば?」と不意に話に加わり、家族全員が困惑する。


「誰?!」と母が驚くと、老人は「いやいや、ただの参加者だよ」と笑いながら答えた。


アエリオンはそのまま話を続け、母は「生きて戻ってきてね」としぶしぶ送り出す覚悟を決めてくれた。アエリオンは感動しつつも、「ありがとう」と涙をこらえ、母から手渡されたお弁当を受け取った。


家族全員が涙ぐみながら送り出してくれる中、家を出るアエリオンとスレイア。ガイドの元に戻ると、「おかえりなさい。異世界には一個しかアイテムを持ち込めませんが、デバイスにしますか? それともお弁当?」と聞かれたアエリオンは、「デバイスにする」と即答。


「弁当は家の前で食べるか…」と言って、二人は家の前で座り込んでお弁当を広げた。


スレイアは「感情がごちゃごちゃになりそうだな」と苦笑いし、アエリオンも「まあ、家の前でお弁当食べるのも今日で最後かもしれないし、良い思い出にはなるよ」と、無理やり笑顔を見せる。スレイアも「…そうだな」と同意しつつも、どこか寂しさを感じていた。


二人が弁当を食べ終えると、ガイドが再び現れ、「準備できましたか? 次の世界に向かいます。おそらく中級者エリアになるかと思います」と告げる。「中級者エリア? 初級でいいんだけど」とアエリオンは少し焦るが、スレイアは「まあ、いいだろう。弱い者いじめは嫌いだし、適度な強さの方が楽しめるだろ」と励ました。


「では、レッツエンジョイ!」という声が聞こえると、二人は光の柱に包まれ、別の世界へと転送された。


その瞬間、家に残っていた母親たちは不安そうに顔を見合わせたが、先ほどの老人が再び姿を見せ「まあ、彼らなら大丈夫じゃろう」と口を開いた。「私も見ている。だってわしは、メビウスの使者だからのう…」と呟くと、老人は姿を消した。


母親と姉は不思議な体験に驚きつつも、どこか安心した気持ちになりながら、彼らの無事を祈るのであった。

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