第15話 訳ありの家

取り敢えず討伐どころじゃない。


お金を稼ぐより倹約だ。


アパートメントに引っ越すだけで生活がずっと楽になる。


こっちが先だ。


慌てて宿に帰るとアリスは……居た。


「なんでふかぁ~あれ、リヒトさふまぁお帰りなふぁい……」


焼きそばの様な物を食べていた。


今迄が今迄だから、まぁ美味しい物が食べたかったんだろう。


「アリス、食べながらで良いからこれ見てくれる?」


「それなんですか?」


俺は冒険者ギルドで貰ってきた部屋の見取り図を見せた。


「部屋を借りようと思うんだけど? どれが良いかなと思って」


「部屋ですか? アリスは屋根があって壁があれば文句ないですよ? 今迄お外でしたから……それに寒ければリヒト様にしがみ付いて寝れば暖かいので問題ありません……」


「そうか……」


余りに不憫だ。


「はい! アリスはリヒト様と一緒なら何処でも構いません」


「そう?それじゃ、これから部屋を見に行こうか?」


アリスを連れて宿を後にした。


宿屋の主人の「行ってらっしゃい」の笑顔が何となく見づらい。


しかし……


『なに、あの白い獣人、気持ち悪い』


『あの目、赤み掛かっていて魔族みたい』


『あれ、良く買ったよな……首輪していると言う事は奴隷なんだよな?』


そんな悪口が聞こえてくる。


「まぁ、気にするな」


「はい……」


嫌な言葉はあちこちから聞こえてくる。


気にしたら負けだ。


声を無視しながら冒険者ギルドへと向かった。


扉を開け、中に入ったが……


一斉にこちらを向いてくる。


アリスを見て一瞬目を背けたが、通常運転に戻った。


冒険者はプロ。


絡んでくる様な奴はライトノベルと違っていない。


心では苦々しいと思っていても、お金にもならないこんな所で暴れる馬鹿は居ない。


アリス一人ならまだしも、横に主人がいる状態なら絡んで来ない。


案外、知性はあるようだ。


これが、この世界に来て今迄観察して思った事だ。


荒くれ者に見えて、思ったより理知的。


それが冒険者の本性なのかも知れない。


そのまま、カウンターに向かった。


「すいません、アパートメントの内見をお願いしたリヒトですが……」


「あら、随分と早いですね! まだ午前中ですよ?」


「駄目ですかね……」


良く考えたら、討伐の予定を止めてしまったから随分早いんだよな。


「別に構いませんが……あの、その奴隷も一緒に住むのですか?」


「そのつもりですが、なにか不味い事でもありますか? 頂いた見取り図の資料には2人で住んでもOKと書いてあったと思いますが」


「その……王国では獣人は一応最低限の人権はあるのですが、人であって人で無くてですね。基本的にペット可のアパートメントでしか受け入れして貰えないんですよ。 宿屋も同じだった筈ですよ」


そうか……運よく獣人OKの宿屋にあたったからか気がつかなかったな。


「そうですか……」


「……」


アリスは何も言わないが、尻尾がしゅんと下がっている。


「ですが、3件のうち2件は駄目ですが、一件はOKなので行ってみますか?」


「是非お願い致します」


3件の物件の中で一番気に入っていたのがこれだ……あたりだと良いんだけどなぁ。


◆◆◆


「此方が物件になります」。


受付のお姉さんが案内してくれた家は……どう考えてもおかしかった。


「リヒト様……凄いですね」


凄いなんて物じゃない。


間取り図通りなら4LDKでキッチンにトイレお風呂がついている。


内容だと、明かりやキッチン、トイレ、お風呂は魔道具で賄っているみたいだ。


頭の中で凄いボロ家をイメージしたが、見た感じ草臥れた様子はない。


だが、なんでこんな家の家賃が銀貨3枚(約3万円)なんだ。


「確かに凄いな、信じられない位に安い」


「これ何で安いんですか?」


「これですか? これは訳あり物件だからですね」


訳あり……前の世界でいう事故物件みたいな物か?


だから安いのか。


「と言うと、これって誰か死んでいるんですか?」


「ええっ…随分前だけど、何人か此処で死んでいますね、今現在は幽霊(ゴースト)が出るという噂の家です、幽霊屋敷という噂があるので安いんですよ!」


さてどうするか?


「アリスは幽霊とか大丈夫?」


「アリスは大丈夫ですよ? 雨の日に教会の墓地の近くの小屋で寝ていた事もあります……ですが霊感が無いのかそう言うの見た事がありません!」


そうだな、俺も用務員室に良く泊まったが見たことは無い。


しかもあの学校には7不思議があるのに見なかった。


うん……何も問題無い。


「そうだな、俺も見た事が無いから問題無い、早速見せて貰えますか?」


「はい、それではカギを渡しますのでどうぞ見て来て下さい」


「来ないんですか?」


「私は怖いんで」


「そうですか、それじゃアリス行こうか?」


「うん」


一通り中を見させて貰ったんだが……凄い。


家具が一式揃っていた。


食器迄あり、殆どの物が洗えば使えそうだ。


「アリス、此処凄く良いな」


「ベッドなんてフカフカですし、凄いですね……アリスも此処を気に入りました」


「それじゃ、此処に決めちゃおうか?」


「はい!」


少し外れとはいえ街の中で、ギルド迄10分。


充分良い立地でもある。


外に出て冒険者ギルドのお姉さんと話した。


「これ、家具やある物は自由に使って良いんですか? それなら此処に決めようと思います」


「中にある物は自由にして貰って構いません! ですが、あの……本当に良いんですか? 幽霊が出る幽霊屋敷で誰も借りない塩漬けだからの金額ですよ…この立地で設備で誰も借りない、その意味を考えるべきです」


「「大丈夫です!」」


「あの…私はちゃんと説明しましたからね……後は自己責任ですからね」


「「はい」」


こうして次の住む場所が決まった。


今迄用務員をしていて深夜の学校を1人で何回も警備した。


それなのに幽霊に会ったことは無い。


うん……大丈夫だ。


居たとしても同居人だと思えば良いだけだな。

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