第33話 事態

前書き

12/2 久しぶりに投稿したら、なぜか完結設定になってました……すみません

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 私は、部屋の前でウズネと別れ、自室に入って、借りた本を棚に置いたあと。肝心の鍛錬方法について何も収穫していないことに気づいて、しばらく突っ立って考えていた。

 簡素なドレッサーの上にあるちっちゃな鏡、そこに映った自分の姿に目が行った。レアの落ち着いた顔があったが、そこではなくて、身に着けた制服に注目する。


「あ……」


 ホワイト指導官から借りた制服。思い出す。借りたのは一着だった。明日の分がない。


「そっか……」


 さすがに一着で着まわすわけにはいくまい。あと六日間もあるのだ。

 ホワイト指導官の元へ、借りに行くことにした。

 そのまま廊下の外へ出ようとしたが、剣を部屋の中に置いたままだったので一旦戻る。剣を常に腰に下げるというのは完全に癖にしなければならないが、まだつけ切れていないらしい。以前、剣を持たずに屋敷を歩いていたら、ローレンスに注意されたことがあるので気を付けなければならない。

 ベッドの近くの壁に引っ掛けてあった私の剣を掴み、足早に部屋を出た。

 ドアをしめてカギをかけたあたりで、また別のことに気が付いた。


「そうだ、手帳」


 歩きながら、ジャケットの裏ポケットに入っていた手帳を取り出した。

 レアの情報を書き溜めるための手帳。

 私は革のカバーの裏についている鉛筆を持ち、そこに、


『レアは工業都市リヴァグルを救った』

『レアは九年前、六界主になった』


 と、書き加えた。

 手帳をしまい、歩きながら考えてみる。

 九年前、レアは六界主になったばかりの出撃で、リヴァグルの魔獣を倒した。ウズネによれば、その襲撃が歴史上唯一の、死人が出なかった襲撃らしい。魔獣には弱い個体など存在しない。故に、レアはその時点で絶大な力を所持していたことになる。

 しかし気になるのは、歴史上である点だ。その後も魔獣は複数回現れ、レアも何度か魔獣を倒しているが、いずれも死人ゼロにはならなかった。もちろん、レアも人間なのだから毎回同じ結果を出すことは難しいに決まっているが、それで片づけていい事実なのだろうか、これは。もしかすれば、彼女の中に特殊な事情があった可能性もある。その事情があるとすれば、私の生き返りに関する謎とも関係しているかもしれない。

 と、気づけば、仮説ばかりを並べていた。

 現状では情報が少なすぎる。レアについてしっかりと把握するには、もっと情報が必要だ。

 できれば、レアをよく知る人物に話を聞きたいのだが、それも難しい。パールにいろいろと質問しても、全て「わかんねえ」という答えだった。パールがレアと話したのは、四年前が初めてらしい。つまりレアが六界主になってから五年間、レアはパールと口を利いていない。どうもレアは、他人との接触を極端に避けていたようなのだ。

 となると、「レアをよく知る人物」として考えられる可能性は、現状で二つ。

 ほかの六界主たちと、カインだけだ。


「あの人どうしてるんだろう……」


 カインは転送魔法まで使えてしまえる魔法の名手なので、あちらからこっちに接触する手段は豊富にあるのだろうが、こちらからではどうしようもない。以前会った時に、きちんとレアについて質問しておくべきだった。自分の手際の悪さにため息を吐く。

 すると、廊下の後方から足音がした。

 またか、と私は思った。

 ロイド君かもしれないとも思った。

 しかし、今回はなんだかさっきと違った。足音の調子がすこし早い。

 床からの振動で、微かに伝わってくる焦り。向かってくる人物は、走っている。


「レア」


 聞き覚えのある声だった。それどころか、ついさっきまで聞いていた声。

 振り返る。


「ウズネ?」


 やはりウズネだった。

 彼女はめったに表情を変えないが、今は、吊り上がった眉間から確かな不安を読み取れた。


「どうしたの?」私は問う。


 先ほど、就寝の挨拶をして別れたばかりだった。

 ウズネは私の前で立ち止まり、私の顔を見上げる。


「イヅルが、どこにもいなくって……」

「え、どこにも?」

「うん」


 もう消灯の時間が近い。食堂や図書館、稽古場などはすべて閉まっているはずだ。


「ロビーで休憩してるとか? もしくは、外でトレーニングしてるのかも」

「そんなはずない……」


 ウズネは弱弱しくかぶりを振った。


「イヅルは、この時間には絶対に寝る準備をするの。毎日、どんな日も、絶対に」

「……そうなんだ」


 ずっと共に生きている双子の言うことだ。事実なのだろう。ただでさえ、イヅルは機械みたいな印象があるし。

 だとすれば。イヅルが部屋にないのは、だということになる。


「わかった。レアお姉さんが一緒に探してあげる」

「ありがとう……」


 ウズネは小さく言って、うなずいた。

 ずっと一緒に生きてきたからこそ、こういうイレギュラーには焦りを見せるのかもしれない。

 制服を借りに行かなければならないので、できるだけ早く見つける必要がある。

 イヅルは目立つから、守衛などに聞き込みをすればすぐに見つかるだろう。私の見立てでは、イヅルは外にいる。いくら機械みたいでも、あくまで人間なのだから、そとの空気を吸いたくなる時だってあるものだ。

 と、私は高をくくっていた。

 結論から言えば、私たちはイヅルを見つけることができた。

 しかし、事態は、私が想像していたよりも、ずっとずっと深刻だったのだ。

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