第21話 騎士とは
駅舎で購入した今日の朝刊によると、騎士団は先日の魔獣被害を重く受け止めている。あれほどこっぴどくやられたら、さすがに組織として何もしないわけにはいかないようで、今回の合同訓練はその反省の一環らしい。新聞に載っていたのは、今後の対策に関する騎士団長の見解だった。曰く、六界主に頼りきりになった今回の結果は、我々の存在意義が危ぶまれるものである、だそうだ。あの日から数日たった今でもこの様子なのだから、相当厳しい結果だったのだろう。騎士団は誇り高く、正義感が強く、己に厳しい人たちだと聞くが、どうやらその通りらしい。
ふと、六界主という単語が使われていることに気づいて、よく読んでみると、〈感謝〉によって討伐された、と書いてあった。私の情報は、自動的に非公開になっているようだ。書いてあるのは討伐したという結果だけで、他にはなにも書かれていない。あとは、若者の行方不明についての記事や、魔法学校の精神系に関する新しい研究(見出しだけだが)、連載小説に目を通し、ベンチから腰を上げて駅舎を出た。
*
列車に乗るのが初めてだったのだから当然だが、首都ロンジェスタに訪れるのも初めてだ。
私は興奮気味に街を歩いた。人の存在をこれほどいっぺんに感じたことはなかった。ガラスのショーケースのある店が大通りに沿って、隙間なく並んでいて、しかし行き交うほとんどの人々は、まっすぐ自分の行く方向だけを見て歩いている。
来る前は、都の華やかさに圧倒されるのかと思っていたが、華やかさよりはもっと単純なかっこよさに圧倒された。
魔剣士の数も地方よりは圧倒的に多い。魔剣士を輩出する学校が多いのと、騎士団の中枢がある事がその要因だろう。
たぶん、強い人がたくさんいるに違いない。そんな中の合同訓練に参加する私は、アンロックできない限り場違いでしかないが、今回の役目は騎士団の調査と把握だ。そう思うとそこまでの不安はない。
駅を出て、ローレンスに書いてもらった地図に従って歩いていると、無事に騎士団本部の正門に到着した。
私は思わず感嘆の息を漏らした。格子状の門扉の向こう側に見えるのは、予想をはるかに超える広大な敷地を有した施設だった。
正面にどっしりと構えるのは、高い時計塔を備えた三階建ての建物で、赤レンガ主体の壁に、大きめのアーチ窓がずらりと並んでいる。その両脇には奥に長い建物が構えていて、三つの棟を二階から伸びた渡り廊下が繋げていた。渡り廊下下部のアーチの向こうには、広大な芝生が見えた。そのさらに向こうに、私の横から伸びているのと同じレンガの柵が、かろうじて確認できるので、あの広い芝生も全部敷地内なのだろう。
門は人二人分くらいの隙間ができるように開けられていて、両側にひげ面の男性が一人ずつ立っており、彼らの前に剣を携えた人々が列を為している。おそらく入場受付みたいなものなのだろう。
並んでいる人は皆若い。見たところ、平均年齢は二十を下回るかもしれない。そして、当然だが、みんな騎士団の制服を着用している。
カッチリとした灰色のジャケットに、ネクタイ、濃い緑のマント。男女多少の差はあるが、その三点は共通している。騎士団は組織なのだから、専用の制服があるのは当たり前だと言えるかもしれない。
そう、当たり前なのだ。合同訓練に参加する者は皆制服を着ているに決まっている。入場手続きの順番が迫る今現在、私はとても焦っていた。
「む、制服はどうしたんだ」
ひげ面の騎士は、訝しげにそう言った。
なんてバカなことだろう。昨日の私は、調査についてのことばかり考えていて、準備についての考えが頭から抜けていた。
忘れたと正直に言ったら、追い出される可能性がある。そうなったら本当にまずい。
緊張のあまり焦っていたことにすれば、慈悲で許してくれないだろうか。
「すみません、実は今日のことを考えると、その、興奮してしまって!」
何を言っているんだ私は。嘘が下手すぎて、ただの変態みたいになってしまった。
「君……まさか」
ああ終わった。よく考えたら、そもそもただの言い訳にしかなっていないし、これはもう弁明の余地が――
「そうか君、昨日鍛錬を張り切りすぎて、制服を破いてしまったのだな!」
「……はい?」
「やっぱりそうなんだな。まったく、俺が見る目のある男でよかったな君。その剣の柄を見れば、君がどれほどそれを使い込んでいるかなんて一目瞭然だ! 仕方ない、俺が掛け合ってみよう。鍛錬のしすぎであの頑丈な制服を破いてしまうような人材、追い返す方が愚かというものだ」
そう言うと、彼はもう一人のひげ面の方へ行き、耳打ちした。するともう一人のひげ面が、私の方を見て、とても感心したように深く頷いた。
結局、私はあっさりとその場を通され、ひげ面の話を聞いた別の女騎士から、制服を借り受ける結果となった(その人も全くおんなじように頷いて、快く貸してくれた)。
いい人たちだなと思う反面、聞いていたイメージと随分違っていることに不安を覚えた。
この組織、本当に大丈夫なのだろうか。
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