第22話 二人組になってください
開会式では、参加者が全員芝生の敷地に並んだ。広大な芝生のうち三分の一くらいを参加者が埋めていた。
緊張感はもちろんあるのだけど、私は終始そわそわさせられていた。妙に視線を感じるのである。
居心地が悪くて首のあたりをさすっていると、副団長のイリス・ケイラン氏が登壇して挨拶を述べた。
彼女は、こんなことを言った。
「先日、リューベリーにて出現した魔獣に対して、我々はいち早く対応することができたにもかかわらず、一切の成果を出せなかった。その後六界主の〈感謝〉が魔獣を討伐したのは皆も知っているな。騎士団を批判する声が少ないのはそのためだ。六界主が出る案件ならば、この有様も致し方ないことだと捉えられている。これは、恥ずべきことだ。人類の脅威に対して何も対抗できずに、何が騎士か。この合同訓練は、我々の誇りを取り戻す訓練だ。君たちは選ばれた人間だ。だが、選ばれただけで終わるな。ここで得た成長を支部に持ち帰り、活躍し、騎士団の強さのきっかけとなるのだ」
私は複雑な気分で聞いていたわけだが、それにしても、騎士団は六界主が嫌いなのだろうか。騎士団はただでさえ人類のために色んな業務をこなしているのだ。魔獣の対策くらいは、六界主に任せきりでもいいのではないかと、私は思ってしまう。
開会式が終わっても、例の視線が絶えることはなかった。
まったくわけのわからない現象だが、とはいえ、その視線の正体自体は既に判明している。
どこかからヒソヒソと聞こえてくる小さな声が、その答えを教えてくれる。
「ほら……多分あの人……」
「え、もしや……魔力が強すぎて制服が破けた……?」
「違う違う……魔力じゃなくて、筋肉だよ筋肉」
わかっている。こんなところで制服を忘れて、目立たないわけがないのはわかっている。私が悪い。
けれど、なんか違う。
まだ小一時間しか立っていないというのに、噂が広まるどころか尾ヒレまでついている。
一体どういうことなのだろう。
なんなんだこの組織は。
しばらくすると、私たちは複数のチームに分けられ、室内に移動した。
分け方はわからないが、総勢五百人くらいいたのが、一室三十人くらいになっている。
室内と言っても、見たことがない部屋だった。一辺五十メートル超くらいの、灰色に染まった空間で、物は何も置かれておらず、床や壁には少し弾力があった。
訓練用の部屋ということだろう。
私たちがまばらにあたりを見回していると、一人の女性が後から入室してきた。
見るからに男気のある人だ。鋭くはないがキリっとまっすぐな目をしていて、背中まで伸びた髪を後ろで束ねている。引き締まった長身に、制服のマントがよく似合っている。
彼女は訓練ホールの壁沿いを進みながら笑顔を浮かべ、広い空間に充分行き渡って少し余るくらい大きな声で言った。
「どうも、指導官のサラヤ・ホワイトです。よろしく!」
私以外の皆は、彼女の風貌を見て威厳のようなものを感じ取ったのか、周囲からどことなく緊張感が伝わってきた。
私も少しはそういう雰囲気は感じたが、もう純粋な気持ちではいられなかった。
私は今、妙な巡り合わせに驚いている。なぜなら、もうこの人を知っているから。私に制服を貸してくれたのはこの人なのだ。
「さっそく、二人一組になってくれる?」
ホワイト指導官が言った。
そう来たか。
私が思うに、こういうのはできるだけ早く動いて、さっさとペアを作ってしまった方がいい。
周囲を見渡すとすでに、人を見る目のいい人たちが動き始め、「組みましょう」「一緒にどうですか」という声が飛び交っている。さすがは騎士団だ。
私も早いところ気の合う人物を見つけてしまいたいところだ。
と、思ったのだが。目の合った人間はことごとく私から離れ、別の目が合った人のもとへ逃げるように去っていく。次第に、私の周囲から見る見るうちに人が減っていった。
一瞬だけ落ち込んだが、先ほど聞いた、尾ひれたっぷりの噂を思い出せば当然である。筋肉で制服を破り、私服で会場に訪れた女だ。誰がそんな変人と好き好んで組みたがるのか。
その噂が完全に誤解と言うわけでもないため、どうすることもできず、ついに私は最後まで残りものとなってしまった。
「おっと、残ったのは君なのか」
隅で様子を見ていたホワイト指導官が、見かねて近寄ってきた。
「お恥ずかしい限りです……」
ほかの皆は距離を取りつつ、私と指導官を見ている。
「残り物は先生と、ですか?」と、私は言ってみた。
「いやいや、このチームは偶数だから、もう一人、いるはずだ」
残り物が。と言って、ホワイト指導官は私の背後を手で示した。
そこには、腕を組んでつま先で地面をたたく、いじけた男が立っていた。
カインと似た第一印象を感じたが、彼よりも目が鋭く、そして眉間によったシワが子供っぽい。
髪はさっぱりと短い赤髪だ。と、その髪を見て思い出す。そう、たしか、夜行列車で私の前に座っていた青年だ。
「は、もしかしてあんたがおれのペアなのか?」彼は私のことを見て言った。「あーあ。弱い奴となんか組みたくないんだけど」
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