第17話 誤解を解こう
逸れたパールの剣が、玄関の石畳をこすって火花を散らす。
パールの踏み込みによって生まれた風圧が遅れて押し寄せ、吹き荒れた。
「……おいアーサー。なにしてんだ。どけ!」
パールが従者の胸ぐらをつかむ。かなりの身長差ゆえに、下から手を伸ばして掴む形になっているわけだが、しかし、その構図に全く似合わないほどの、圧倒的な威圧感がその動作にはあった。
「我が主様、落ち着いてください。誰と間違えているのかはわかりませんが、この者がパール様の攻撃を受けられると思いますか?」
アーサーは手の先で私のことを指し示した。
はっきりと言われると不服だった。
「んん……?」
パールは目を細めて、じいっと私のことを見つめた。小さい体をくねくね動かして、いろんな角度から見つめた。
「お前、弱くなったのか?」
パールは首をかしげてそう言った。
この発言も不服だったが、そうも言ってはいられない。これはまずい状況だ。今のパールなら、「お前、六界主じゃないのか?」とうっかり口にしてしまってもおかしくはない。
できれば私が六界主であることは伏せておきたい。レアが正体を隠していたことには何か理由があるはずだし、それに、体を借りている身で自分だけ目立つのは気分がよくない。
ここはパールに対して、早めに対策を打ってしまったほうがいいだろう。
「パール様、ちょっと」
私は小さな主に耳打ちした。彼女は怪訝な顔をしたが、好奇心からか、おとなしく耳を傾けた。
少し声を低くして、私はこうささやいた。
「今は力を制限してんだ。休養中だからな。てめえ、あたしが六界主ってバラすんじゃねえぞ」
私は想像でレアの口調を再現した。
カイン曰く、レアは独房に入れられていても「誰だお前」と言うような人間だったらしい。ならばだいたい、こんな感じになるだろう。
パールは一瞬、とても不服そうなまなざしを私に送ってきたが、すぐに何か思い当たった顔をする。
パールなら当然、レアが一時的に死にかけたことは知っているだろう。
と思ったが、彼女はすぐさまにんまり笑って、私にしか聞こえない声で、
「へ、だせえ」と言った。結構ムカつく顔だった。
「すまねえアーサー、俺の勘違いだったぜ」
アーサーが「そうでしょうそうでしょう」と言ったのと同時に、パールは大剣を持ち上げる。するとそれは瞬く間に赤黒い炎に包まれ、まるで紙くずが焼失するかのように、消失した。
それから、彼女は軽快な足取りで屋敷の入り口に向かう。
だが数歩進んだところで一旦立ち止まり、私の方を見て指をさした。
「おいお前、そこの従者。夜になったら俺の部屋に来い。ぜったいだぞ」
パールはどこか楽しそうに、というか、気分よさげにそう言って、意気揚々と屋敷の中へ入っていったのだった。
従者として言いつけを破るわけにはいかないので、二人で会う未来が確定してしまった。
しかし好都合でもあった。こちらにも、レアについて聞きたいことが山ほどあるのだ。
「ねえ、どうやって誤解を解いたの?」
嵐みたいなのが去ったあとで、エステルが私にたずねてきた。
エステルには隠す必要はないのだが、アーサーがいる手前、辻褄は合わせておいたほうがいいだろう。
こう答えた。
「好きな男のタイプを言っただけだよ」
「……ん、と、真面目な顔で何言ってるの?」
「なるほどそうでしたか!」
ぴったり得心したように指を鳴らしたのはアーサーだったが、エステルの方はいまいち納得できない様子だった。フェチズムで個人を特定する術を、彼女はまだ知らないらしい。
永遠に理解しなくてもいいんだよ、私のエステル。
……さすがにふざけすぎたかもしれない。
さっき馬鹿にされた仕返しに、パールのイメージを下げてやろうと思ったが故の発言でもあったが、しかしどうやら、イメージダウンしたのは私とアーサーだけみたいだ。
とはいえ、辻褄を合わせるという目的は果たせているので、それはともかく。
今日わかったことがある。
ある意味では、今後もずっと活かすことができそうな、重要な気づきだった。
というのも、どうやら私は、かつてのレアのふりを意識すると、多少はマシな嘘がつけるらしい。
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