第12話 デッドモーニン、エステル!
次の日の朝、いつまでたっても起きないエステルを起こすのに苦労していると、部屋の扉がノックされた。
返事だけすると、扉の向こうからアーサーの声が聞こえてくる。
「おはようございますお二人とも。約束のお時間になりましたが、もう準備はできていますか?」
まずい状況だった。私は大丈夫だが、エステルがダメだ。
「えっと、」
「どうかされましたか?」
「いや、その、エステルがまだというか」
「ほう。起きてはいるんですか?」
どう切り抜けようかと考えたが、おそらく無意味だという思考に行き着いた。
「起きて、ません……」
「ほほう。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
アーサーは部屋に入ると私に向かって会釈をして、それから散らかったベッドを見た。そこではエステルが派手な寝相でぐうすか寝ている。
「おやおやこれは」
アーサーは微笑みながら、ベッドの横に立った。
ほんの僅かだが、声のトーンが下がっている気がする。
私はごくりとつばを飲み込んだ。
アーサーが、寝ているエステルの肩を軽くたたく。
「エステルさん」
「……蒸気機関のぬか漬けぇ」
そしてエステルが意味不明な寝言を言う。ここまでは私と変わらない。
もう一度、アーサーがエステルの肩をたたく。私の首筋に冷や汗がにじんだ。彼の顔は私からは見えない。
「エステルさん」
「ん……」
エステルはとても不快そうな顔をした。悪夢を見ている時のような顔。
やがてエステルは、ほんの僅かだが、瞼を上げた。気を抜けばすぐにまた閉じてしまいそうなくらい僅かな隙間だったが、そこには十分、アーサーの顔が映り込んだことだろう。
その瞬間、エステルは目を見開き、そしてぴしりと固まった。
どうやら悪夢は、目の前にあったらしい。
「起きましたか?」
そのうちエステルはぶるぶるがたがた、震え始めた。
「起きましたか?」
アーサーは同じトーンでもう一度たずねる。エステルは無数にうなずいた。
「ならよかった」
アーサーは振り返って、私に言う。
「これが
「あの……一体どんな顔を見せたんですか?」
エステルの方を一瞬だけ見てみると、彼女は上半身を起こした状態で、いまだに細かく震えていた。
「いえ、重要なのは表情じゃないんです」
彼は私の肩に手を置いて、耳打ちする。
「お寝坊さんを起こすコツはね、殺気ですよ」
私はエステルに心底同情した。
「それと、言い忘れていたんですが、机の引き出しにお二人の仕事服を入れておいたんです。すみません、レアさんには二度手間になってしまいますが、そちらに着替えてから出てきていただけますか。でないと、パール様は使用人の服装にもこだわる方ですから、僕が怒られてしまうんです」
「あ、はい、わかりました。あれ、でも、どうしてクローゼットではなく机の引き出しに?」
「間違えました」
「そうですか……」
どんな間違いだ。
「ああそれともう一つ。僕にとってのお二人は昨日までお客人でしたが、今日からは後輩ということになりますので、多少の扱いの変化は許してくださいね」
アーサーはにこりと笑って言う。
「はい、もちろんですっ」
勢いあまって、不自然に頭を下げてしまった。
アホなのか怖いのか、わからない人だ。
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