第11話 気を休める
私たちの部屋は一階の、物置の次に入り口と近い一室だった。
まさに従者の部屋がありそうな場所だ。
実際に案内されるまでは、所詮は従者の部屋なのだから、内装も立場相応に控えめにはなるだろう。なんて思っていたが、私はバカだった。〈欲望〉のパールが所有する屋敷を甘く見ていた。
今一度部屋の中を見回してみる。
机、クローゼット、書棚のすべてに上質な濃い色の木材が使用され、それぞれ素敵な装飾が細かく彫り込まれており、その塗装の一部には金色が織り交ぜられている。
ベッドはさすがに
エステルはこの部屋に入るなり、「うわあ……」と感嘆の声を漏らし、そのあと目に入った大きな枕を力いっぱいに抱きしめて、「ほ、本当に、わたしがこの部屋に住めるんですか?」と、そんなことを言った。
言葉通りに取れば謙虚あるいは自虐的な発言であるが、興奮していた様子を考慮すると、ただ言語能力が著しく低下してしまったがために発生した産物だったのかもしれない。
〈欲望〉のパール、てっきり自分に関連する物品だけが上質なのかと思っていたが、間違いだったようだ。本人にとっては屋敷全体が所有物であり、きっとそれが当たり前なのだろう。『パール様は自分が認めたものしか迎え入れません』というアーサーの発言は、なにも人に限った話ではないらしい。
「お姉さん、わたしなんだか、ずっと幻を見ているみたい」
エステルがしみじみと言う。
もし先ほどから動いていないなら、現在彼女は、ベッドに毛布の上から寝そべって、枕を抱きながら天井を眺めているだろう。
「わかる。私もだよ」
私はといえば、同じベッドに腰かけて上半身を脱ぎ、お湯をしぼった布で体を拭いているところだった。包帯はしたままだが、全身に細かい傷があるので結構しみる。
「わたし、六界主の従者になっちゃうだなんて、今日の朝まで全然予想してなかった」
拭う手が自然と止まった。彼女が想像していなかったのは、従者になったことだけではないはずだ。
「ねえお姉さん。やっぱりわたしも怖いよ」
酷かもしれないが、聞き返す。
「何が怖いの?」
「わたしだけ、こんなところにいいのかなって、思って」
背中を向けているので、彼女の表情は見えないのだが、声は至って冷静だった。
「それって、自分だけこんなに恵まれていいのかってこと?」
問い返す。
エステルは、尚も冷静に答える。
「そうなのかな。ああ、でもきっとそうなのかも。うちは貧乏だったから」
私は布を持った手を、膝の上に置く。少し考えて、躊躇ってから、
「エステルのご両親って、どんな人なの?」
そう口にした。
エステルはすぐには反応を示さず、数秒間黙ったが、沈黙が重くなるよりも前に答えを出した。
「お父さんはね、面白くて、楽しい人。大変なお仕事を誰よりも頑張ってるのに、家に帰るとふざけて、私もそれに乗っかって、よくお母さんに怒られてた。お母さんは、厳しくて、優しい人かな。怒ると怖いけど、お父さんとわたしのことが大好きで、わたしたちのために服を編んだりしてくれるんだ」
「へえ、すごいね。いいご両親だ」
「そうだよ、大好きだもん」
エステルの家はおそらく、贅沢とは程遠い生活を送っていたはずだが、でもきっと、それでも、彼女は幸せだったのだろう。大好きな両親のおかげで。
ならば――だからこそ、だ。
「もしもこの贅沢を堪能したら、今まで貰っていた温かい気持ちを裏切ることになるんじゃないかって、そう思う?」
言って、私は布で首元をサッと拭い、それから立ち上がって服を着た。
「うん……多分思ってる」とエステル。
「じゃあ仲間だね」
「え、仲間……? お姉さんもそう思ってるの?」
エステルは体を転がして、こちらを向いた。
「思ってるよ。私はいろんな人に助けてもらってきたのに、それも返さないまま、こんなに恵まれた状況にいていいのかって」
「そう、だったんだ」
「けどまあ、私は、恵まれた分だけ役目を果たすって決めてるから、あまり気持ちが囚われずに済んでるんだろうけどね」
「ふうん、役目……わたしには役目があるのかな」
「さあ、どうだろう」
私はそう言ってベッドに飛び込み、エステルの横でうつぶせになった。寝そべった。冗談ではなくダブルベッドである。
「わからないけど、もしあったとしても、エステルが今感じてる怖さが消えたりはしないよ。私だってそうなんだから」
「そっか」
エステルはあっけなく「わかった」と言った。
この話題には涙くらい流すかと思ったが、もう一周まわって冷静になっているのかもしれない。それでも、強い子なのは確かなようだが。
「ねえお姉さん、変なこと聞いてもいいかな」
「どうしたの」
なんの疑いもなく続きを促してしまったが、正直変なことは聞かないで欲しいかもしれない。
とくに『お姉さんの役目って何?』とかは一番ダメだ。私の頭ではいい誤魔化し方が思いつかない。
エステルは枕を抱いて寝そべったまま、芋虫みたいに身をよじって、私の耳元に顔を近づけた。
そして、耳打ちにしてはすこし大きい声で、こう言った。
「お姉さんって、六界主?」
「はい……?」
とても変なことだった。
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