第10話 気分が上がりません
「六界主は、こんな屋敷を持てるものなんですか?」
そんなことをたずねてみる。私の記憶では、六界主の力が富と結びつくイメージはないのだ。
「いえ、そういうわけでもないようですよ。パール様が特殊でしてね。まあ、とはいえ、六界主の共通点なんてものは、その絶大な力量くらいなものでしょうけどね」
「そんなに濃い人たちなんですか。他には、どんな人がいるんですか?」
「おや、随分と六界主に興味を持たれるんですね。やっぱり憧れてしまいますよね彼らには」
「ええ、まあ……」
適当に合わせておこう。
エステルはしっかりと頷いている。憧れるらしい。
「僕の記憶では、パール様以外の六界主はたしか……〈
「あと一人は……?」
「もう一名は、わからないんですよ。守護担当は〈感謝〉ですが、その素性は現在非公開みたいです。だからかもしれませんけど、噂が多い人でしてね。六界主の中でも群を抜く実力者だとか、恥ずかしがり屋だから正体を隠しているとか、言われています。本当かはわかりませんけどね」
「そう、なんですね」
気づけば自分の心臓の位置に手を触れていた。
〈感謝〉のレア。
私もその人のことを、まだ何も知らない。
ふと横を歩くエステルを見やると、彼女は私の顔を不思議そうにのぞき込んでいた。
なにか変な顔でもしてしまったか。と思ったら、アーサーが話を変える。
「六界主に雇われると聞いたら、気分が上がりませんか?」
「上がります!」とエステル。
「私は、ちょっと怖いです」
「怖い?」
「どうして私が、って思ってしまって」
六界主が別の六界主を雇うというこの状況、何か裏があるのではないかとどうしても考えてしまう。私が制約で縛られているのをいいことに、なんらかの仕返しをされたりするのかもしれない。
「ご自身にその価値がないとお考えですか。なるほど、気持ちはわかります」
全然違うが、そっとしておこう。
「しかしご安心ください、パール様は自分が認めたものしか迎え入れません。聞いた話によると、パール様はこの件を自らカイン様に提案されたそうですよ。そして雇用が決まったあとは、数日間ずっと上機嫌でした。『いいものを手に入れた』とかおっしゃってましたね」
「あ、はは。それはそれは」
まずい。絶対に恨みを返されるやつだ、これは。『いいものを手に入れた』という言葉が不穏すぎる。『もの』と言ってしまっている。私は人間としての扱いすら受けられないのかもしれない。
「あの、」エステルがまた挙手した。「私のことも、受け入れてくれたんですか?」
明るさが見えかけていた彼女の表情に、若干の不安が宿る。
どうやら気になってしまったらしい。己の価値基準が。
「ええ、カイン様が伝文の魔法で直接パール様に確認したそうですよ。カイン様曰く、即決だったそうです」
エステルは微かに息を吐き出した。胸をなでおろした様子。
はたから見れば彼女の精神は早くも回復しつつあるのだが、あくまで平常時の様子が回復しただけなのだろう。ふとしたときに、彼女は何度も自分のダメージを思い出すのかもしれない。
「先ほど申し上げましたが、パール様は明日の午後にはお帰りになられます。詳しいことは、ご本人が教えてくださるかと思いますよ」
「たしかにそうですね」
思えば聞きたいことはたくさんある。
〈欲望〉のパール。きっと、とても豪快で、もちろん欲深い人なのだろう。
なんのために私を受け入れたのか、そこがとても不安だが、臆さずに話すことができるだろうか。
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