第9話 惜しいですね
「いやあ、先ほどは大変失礼しました。お気づきだったのなら遠慮せず、『早く開けろ』と言ってくださってよかったのですよ」
「無茶言わないでください」
包帯が巻かれた額に手を触れて、ため息をついた。
私とエステルは、邸宅内を案内されていた。
圧巻の光景だった。こんなに高い天井は見たことがない。
基本は焦げ茶色の木材と、白っぽい石を使った内装で、大変上品。だが廊下には一定の間隔で、
エステルは、一つ一つの蒐集品の前でいちいち足を止めては、「うわあ……」とほんの小さく呟いて目を輝かせていた。
中には用途のはっきりしない道具や、私でも難しくてわからないような絵画などもあるというのに。この子、意外と感性が豊かなのかもしれない。
そして、アーサーが庭門を開けようとしなかった理由は、単に忘れていたかららしい。
私はまだその事実を受け入れられていない。そんな馬鹿なことがあるか、と思った。遠回しに私たちのことを拒んていたと言ってくれたほうが、まだ許容できる気がする。
それに、彼は明らかにアホではないはずなのだ。屋敷の使用人は彼しかいないらしいので、この大きな建物を一人で維持していることになる。見たところ、ほこりがたまっている所は一つもない。
「お疲れでしょうから、本日は邸内の案内にとどめましょう。そのあと寝室にご案内しますので、ゆっくりなさってください」
「あの、家の方にきちんと挨拶したいんですけど」
「ああすみません。この屋敷では他に主様と弟様が生活しているのですが、今ここにいるのはわたくしだけなのです。明日の午後には主様がお帰りになるはずですから、挨拶はその時に」
「そうですか、わかりました」
三人でこの大きさのお屋敷か。主は領主とかだろうか。
「あの、」エステルが挙手する。
「どうしましたか?」
「ここに飾ってあるものを集めたのって、誰なんですか?」
「それはもちろん、我が主、パール様ですよ」
嬉しそうにアーサーは言う。
パール。聞いたことのない名前だ、と思ったが、私が持っているのは三十年くらい前の記憶なのだから当たり前だった。
しかしエステルはピンときたらしい。
「パー……る!?」彼女の目が、カッと開かれたまま固まった。「ぱ、パールってもしかして、あのパールですか……?」
「はい、多分そのパールです」
どのパールだ。
「すごい……すごいです」
私にはさっぱりわからないままだが、エステルの反応からして、相当な大物らしいということは分かった。
「その方は有力貴族とかですか? それとも、有名な冒険家とか」
あてずっぽうで言ってみたが、アーサーは軽々と首を横に振る。
「惜しいですね。どちらも不正解です」
「んー……? じゃあ、何者なんですか、その方は」
「〈欲望〉のパール。六界主の一人ですよ」
「……」
どこが惜しいんだ。
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