第4話 痛む心臓

(生命保管レベルを上回る危険値を検出。深層の統率を実行し、能力を瞬間的に強制行使します)


 また、あの声だ。

 そして私は、その言葉の一部を頭の中で反芻する。

 強制、行使。

 次の瞬間、強大な魔力が放出された。私の体からだった。

 私は、わたしの魔力の姿を初めて感じ取った。平凡で、なんの変哲もない。けれどどこまでも澄み切った魔力だった。

 それは魔獣のおぞましい魔力を拒み、はじき返した。

 鎖の拘束がむりやり解かれ、魔獣は不意を突かれたように怯み、叫ぶ。


「ああああアアアアアアア!」


 怒りの混ざった叫び声。首がぐねぐねのたうって、街灯の明かりが暴れまわる。

 私は痛みに耐えながらなんとか着地して、自分の胸に手を当てる。

 先の瞬間に感じた、無限に湧き出るような膨大な力の感覚は、既に消えていた。

 おそらく、本当にあの一回だけ、力を使うことを許可されたんだ。

 つまり私の、レアの戦闘能力は、普段は使用することができない。

 でも『セン』が喋っていた内容からして、その制限を解除する方法があるはずだ。

 ならそれは、一体なんなのか。


(戦闘能力の解除には、利他的な目的が不可欠です。目的をはっきりと心に浮かべたのち、解錠申請アンロックと宣言してください。わたくしがそれを診断し、認められた場合、制約の解除が成立します)


 ご丁寧な説明。

 利他的な目的はつまり、自分以外の誰かのために力を使う理由ということか。

 だったら、簡単だ。

 この化け物を退治することで、大勢の人が脅かされずに済むのだから。


「アンロック!」


 なんとしても魔獣を倒さなければならないこの状況。私はなんのためらいもなくそう言った。

 だが、センは、


(申請拒否。解錠は許可できません)と、無慈悲にそう言った。

「な、なんで!」

(深層に強い恐怖を感知。自身が恐怖から逃れるための目的が強いものと判断)

「そんな……」


 言い返せなかった。自分に正直になれば、センが言っていることが正しいことなんて明白だった。

 魔獣は静けさを取り戻し、もう一度、街灯のガラス面に私を捉えた。

 何も動きは取っていない。しかし、その仄かな明かりに向かって、大量の魔力が収束しはじめた。

 怒ったのか、私を脅威と判断したのかわからないが、とにかく、私のことを確実に仕留めるつもりのようだった。

 そこから放たれるものの威力は未知数。もしかしたら、この町をこんな姿にしたのは、そのたった一撃なのかもしれない。と、そう予想ができてしまうほどの、凄まじい魔力量だった。

 恐怖のためでなく、本心から他人のために目的を果たそうとしなければ、この状況をどうにかすることはできない。でも、この状況でそんなことが本当に――

 突如、魔力の収束が停止した。

 集まった魔力が即座に霧散する。

 と、同時に、化け物の首がピンと伸びた。

 それは街灯の柱そのままの姿だったはずだが、とても不気味な何かにしか見えなかった。

 魔獣は体の向きを変えた。私から目を逸らした。

 私が脅威でないと判断したのかと思ったが、直後にそれは否定された。

 魔獣は駆け出した。ある一点に向かって。

 獲物を追う獣の姿を、それは連想させた。

 スピードは速くない。むしろ遅いが、その理由を考えている余裕はなかった。

 つまり、その先にあったのは獲物。

 最悪の事態だった。

 そこには少女がいた。生きた少女だった。

 かろうじて命を取り留めていたのであろう少女。

 魔獣が攻撃をやめた理由。それは、奇跡的に残っていた獲物を無駄にしないためだった。

 私は、逃げろと叫ぶよりも早く、


「ッ――!!」


 駆けた。

 全力で。何も考えず、というよりは、考える暇がなかった。

 魔獣は、少女の前で立ち止まる。

 奴らの捕食に少々手間がかかるのは知っている。

 私は、立ち止まったその魔獣の前に滑り込んで、少女と魔獣の視線を断ち切った。

 少女は震えていた。きっと私がいなければ、何もできずに死ぬだろう。

 でも、私がなんとかすれば、救える命だ。

 鼓動がはげしい。心臓がまだ痛む。

 かつて、病気だった私は、たくさんの人に迷惑をかけた。そして、たくさんの人に助けてもらった。その分他人に返すことを心に決めていたけど、それも叶う前に私は死んだ。

 今目の前にあるこの命すら救えないなら、私は一体、誰に何を、返せるというのか。

 なんのために、この人になったというのか。

 思い出せ。

 私は、どうして死んだ。他人のために無理をして死んだ、馬鹿な女だろう。

 今度は死なない。死ななくとも、助けられる。簡単じゃないか。

 魔獣は代わりとばかりに、再度私に侵食を始めた。

 私は、大きく息を吸い、ゆっくりとそれを吐き出した。

 右手に持った剣を強く握り、痛む心臓の位置に左手を置いた。

 そして私は、叫び放つ。なぜなら、

――この少女を、なんとしてでも助けたいから。


解錠申請アンロック――!!」

(申請許諾。宣言された目的のもと、戦闘能力の制限を解除します)

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世のため人のための最強~転生先の最強魔剣士は、やさしい制約に囚われている~ 紳士やつはし @110503

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