第2話 早速向かってもらおう

「申し遅れたけど、僕の名前はカインだ。君とは昔からの付き合いでね。少々魔法が得意なものだから、君の看守役も任されている。いいかい、君のことを捕らえておける人間なんて、僕くらいなものなんだからね」


 カインは誇らしげに顎をさする。旧知の人間を拘束しなければならない役割を、そう軽々と誇れるのがすごい。

 私は「そうなんですね」と適当に相づちを打った。

 どうやらレアという人間は、相当な力を有しているらしい。

 そう、知りたいのはその辺りだ。


「あのー……、もう少し詳しく説明してもらってもいいですか」


 私は肩をすくめてたずねた。背後で両腕を縛っている鎖が音を鳴らす。


「もちろんさ。どこから説明しようか?」


 カインはニコニコしながら言う。

 聞きたいことは山ほどあった。


「じゃあまず……ここはどこですか。国と地域を教えて――」

「ああそれは難しい質問だ。ここに場所というものは無いよ。強いて言うなら、僕の魔力の中だ」


 魔法によって作り出した空間だということか。だとすれば恐ろしい技術だ。

 欲しい答えは得られなかったものの、よく考えてみれば私が住んでいた地域の名前を思い出せないので意味がない。

 どうやら、完全に記憶が戻ったわけではないらしかった。


「なら、そうですね……」


 せめて年代くらいは把握したいのだけど、正確な暦の数字も思い出すことができない。


「じゃあ、汽車が実用化されたのはいつですか」

「んーと、だいたい二十年くらい前だったかな。早いもんだ」


 おぼろげながら、汽車はつい最近実用化されたばかりだというイメージが私の中にある。

 実用化してから私が死ぬまで、多くても五年。


「だとすると、二十年から三十年弱くらい経ってるってことか……」


 あれ。さっきこいつ、『早いもんだ』って言った? 何歳なんだ一体。


「他にはあるかな」


 カインは退屈そうに腰を伸ばしたりしながら言った。

 私の過去はどうでもいいらしい。


「じゃあ、私はどうして、ここにいるんですか」

「牢獄に入っている理由って意味かい?」

「いえ、そうではなくて、まあそれも気になるんですけど、今私が、こうして生きている理由というか、その、私は一度死んでるはずで、この体にも覚えが無いっていうか、」

「ああ、それね」


 それってなんだ。頑張って言い表そうとしたのに。


「そうだね、正直なところ、僕も把握しきれていない。わかっているのは一つだけ。君が今までのレアじゃないってことくらいだ。なぜなら、レアは初対面の人間に『どうも』なんて絶対に言わない。言うなら『誰だおまえ』だ。敬語も使ったりしない」


 ものすごく感じ悪い人じゃないですか。

 たしかに、私とはかけ離れている。


「それにね、君は死んだものだと、僕たちは思ってたんだ」

「え」

「いや、正確には、いずれ死ぬと思ってた、かな。君はある時突然姿をくらませ、しばらくして発見されたときには、意識不明の状態だった。僕らは知識を結集させて治療に臨んだが、叶わなかった。君の魔力は少しずつ衰弱していき、もう、死ぬ寸前だった。ところがつい数日前、君の体は唐突に回復を始めた。僕はもう大慌て。万一目覚めた君が暴れだしてもいいように、こうして拘束を強固にして待ってたわけだ」


 最後のほうはよくわからなかったが、とにかく結論につなげる。


「それじゃあ、つまり、この人が死んだあと、その体を私が乗っ取った、みたいなことでしょうか」


 愚直につじつまを合わせてみたが、正直、そうであってほしくはない。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 返ってきたのは、あいまいな答えだった。


「たしかに、仮に人が死んだら魂かなんかに還るとして、君の魂がレアの体に乗り移ったのかもしれない。もしくは、君は本当にかつてのレアで、記憶を失ったと同時に人格まで変化しただけなのかもしれない」


 なるほど。と私は思う。

 例えば、こんな可能性もある。私があの事件の後に、奇跡的に一命を取り留めていたとして、その後なんやかんやで記憶を失ったまま人生を送り、なんやかんやで最強の魔剣士になる。その後、なんやかんやで投獄され、何かの拍子に再度記憶を失い、同時にかつて失った記憶を呼び起こして、人格ごと交代した。

 ありえなくは……ないかもしれない。


「でもね、どちらでも大差は無いよ」元も子もないことをカインは言う。

「魔法的に考えても、二つの現象の違いを証明することはできない。本質的にはどっちでも同じことなんだ」

「……ん、つまりどういうことですか?」

「今の君がレア本人であることは間違いないってことだよ」


 私は思わず眉をひそめた。理解が難しかった。

 私が、私自身がであると、彼はそう言っているのだろうか。

 私はこのレアという人物を少しも知らない。それに、この体が借り物だという感覚は、もう私の中にすっかり芽生えてしまっている。そんな状態で、私は私だ、なんて自覚を持つのは無理がある。


「ま、そうだよね」


 カインは私の思考を察したのか、同情の視線を私に送った。

 その時、背後にあるであろう窓の向こうから、潮の音がした。

 浜辺の砂の上を波が這い、巻き上げては、引く音。


「おっと、思ったよりも深刻みたいだ」


 カインは少し焦った様子で、私の背後の窓を見た。それから私の目を見て、人差し指を立てて言う。


「いいかい? 最初は苦労するかもしれないが、役目はきっちり果たしてもらうから、そのつもりで頼むよ」

「役目?」

「そうさ」


 牢獄生活ではなかったのか。


「世界が、君のことを待ってるんだ」


 カインはまるで自分のことみたいに、カッコつけながら前髪をかき分けた。


「なんですか?」

「おいおい、僕は大げさを言っているわけじゃないぞ。本当のことだ。君は六界主、人類が誇る最終兵器のうちの一角なんだからさ。そういうわけだから、その冷え切った目、やめてくれるかな?」

「人類の最終兵器になることが私の役目ですか?」

「そう。その通り。より具体的に言うならば、魔獣の討伐だ」

「魔獣」


 聞いたことがある。思い出せそうだ。たしか、


「では早速、向かってもらおう」

「向かうって、どこに――」

「もちろん魔獣のもとへ、だ」


 カインは片手を前に差し出して、その拳を軽く握った。

 すると、私のことを縛り付けていた鎖が、一瞬のうちに砕け散って、消失した。

 私は立ち上がって、両手を見る。握ったり開いたりしてみる。

 やっぱり、借り物の感覚は抜けない。

 前を見ると、唐突に視界が歪んだ。

 ぐにゃりと曲がって、回転する。

 立っていられなくなってしゃがみこんだが、下にしゃがんだのか、上にしゃがんだのかわからなかった。

 次第に、見える世界が黒く塗りつぶされていく。


「それじゃあ、センによろしくね」


 そんな意味不明な言葉に反応する間もなく、視界が完全に黒塗りになるよりも前に、私は、目を開けていられなくなった。

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