第3話 10分恋人。色っぽく

 オフィスを出てから10分後、俺は虹乃とともに何故か休憩所に来ていた。

 いや何で?


「おい、虹乃!これは何のつもりで……」

「まあまあ、これでも飲んで落ち着きなって」


 そう言って虹乃が渡してきたのはアイスの缶コーヒー。

 この時期だとホットが欲しいが、親切心を無碍にも出来ないので缶を開ける。

 俺は一気にそれを飲み干してテーブルに叩きつける。


「飲みの席でもないのに豪快だねえ」

「うっせえ。本当の用件を言え」


 俺がキッと睨みつけると、虹乃は「そんな怖い顔しないでよ〜」とケラケラ笑う。

 殺してもいいですか!?


「本当の用件って言っても、昨日言ってるじゃん」

「昨日……?あ……」


 そこで思い出したのは、あの一言。


『アタシが10分間だけ恋人になったげる』


 クソみたいに俺の頭を引っ掻き回して煩わしいあの言葉。


「やっと思い出した?」

「ああ、まあ」

「じゃ、約束通り……」


 虹乃はニコニコしながら俺の手を握る。

 それだけではなく、指と指の間に虹乃の指が入り込んできて、いわゆる恋人繋ぎというやつだ。


「ちょっ、虹乃!」

「ん〜?まだ足りない?じゃあ……」


 虹乃はもう片方の手で俺の頬に触れる。


「アタシの唇、試してみる?」

「っ!」


 その声は色気に満ちており、もはや誘っているとしか思えない。

 長い間、虹乃と一緒にいたけど、ここまで虹乃に色気を感じたのは初めてだ。


「あ、でも夜代だって男だもんね……。じゃあ、やっぱり『こっち』の方が好きだったり……?」


 虹乃の手が頬から俺の下半身へと移動する。

 俺の理性はもう決壊寸前だった。

 思考する隙さえ無い虹乃の『恋人まがい』は、俺の理性を猛獣のように食い散らかす。

 何だか、身を預けてもいいような気がしてきた。

 俺はそっと手を伸ばして──。


 テーブルに置かれている虹乃のスマホが勢いよくバイブレーションする音でハッと理性が戻ってくる。


「えっ……?嘘!?もう終了!?」


 虹乃は慌ててスマホを確認する。

 そこにはタイマーアプリが開かれており、10分と表示されていた。

 どうやらきっちり10分計っていたようだ。


「どうやら終わりみたいだな」

「ま、待って……!」


 俺が休憩室の扉に手をかけると、虹乃が声を上げる。


「何だよ」


 俺は振り返らずに返事する。


「えっと、その……。もしご所望なら、時間追加してもいいかな〜なんて……」


 何ともしどろもどろな言葉に、小さくため息を吐いてしまう。


「虹乃、俺は仕事があるんだ。恋人ごっこをしている余裕は無いんだよ」


 俺は無情な言葉をその場に残して、その場を後にした。


♢♢♢♢♢♢


 仕事を終わらせて帰路につくと、俺はいつも通りに夜の賑わった街へと繰り出す。

 仕事終わりに行く酒が美味いんだわ。


「今日はどの店に入ろっかな〜」


 少しステップ気味に歩いていると、ふと声をかけられる。


「お兄さん。少し話、良いかな?芸能界とか興味無い?」


 そう声を掛けてきたのはスーツ姿のイケおじ。

 またか……とうんざりしながらも笑顔を作って「興味無いです」と返す。


「そう?だけどもし興味があったら電話してね」


 そう言ってイケおじが渡してきたのは名刺。

 へえー、あの有名な有村プロダクションの……。

 このコネは使えそうだ。


「ありがとうございます」


 俺はニヤケそうになる口元を必死に繕いながら受け取る。

 そのイケおじはそのまま行ってしまったけど少し歩けばまたスカウト、またスカウトと、どんどん寄ってくる。

 普通なら嬉しいけど、俺は慣れてしまって、そんな感情が湧かない。

 俺にとってこれはコネを増やす一種の方法に過ぎないのだから。

 うちの会社は製造会社だけど、CMを作る時は知名度のある芸能人を使いたい。

 だから今のうちに芸能事務所に手を伸ばしておくのも大事だ。

 と言っても、あっちから一方的に来るんだけど。

 俺はたくさんの名刺を受け取って、そのままいつもの居酒屋へ向かった。

 ガラガラと開けると、いかついおっちゃんが「いらっしゃい!」と大きな声で出迎えてくれる。


「何名様で?」

「一人で」

「へい!相席でもいいかい、にいちゃん」

「相手がいいなら構いません」

「あいよ!ちょっと待ってな」


 そう言うと、おっちゃんはとあるテーブルに向かう。

 置物などでよく見えないが、女性のようだ。

 しばらくするとおっちゃんが戻って来て、「どうぞ」と席へ案内される。

 そこに居た相席の人は──。


「に、虹乃!?」

「夜代!?」


 なんと虹乃だった。

 今日の俺は運が無いらしい。

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好きな人にフラれた俺は10分、幼馴染と『恋人ごっこ』をする 瑠璃 @20080420

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