第25話 防衛戦

 国防陸軍歩兵第36師団3連隊7大隊。指揮官イェショネク少佐はひょうきんな人物として知られていた。


 「私は面倒な事を嫌い、それを避けるためにいつも適当な理屈をこねくりまわしてばかりいた」


 後々の本人談にあるように、本人としてはただ煩わしい事を避けたいだけで、自己評価としてはひょうきんより怠け者だった。


 「自分でもなぜ将校を務められていたのかわからない。部下の命は重く、その重さが私を必死にさせた」


 後年、このように本人は周囲に漏らした。


 イェショネク少佐は優秀だった。積極的に何かに邁進するような性格ではなかった。しかし与えられた任務はさっさと終わらせたいと、非常に迅速に行うタイプだった。


 『極力当面の敵を陣地前に牽制撃滅すべし』


 これが少佐に与えられた任務だった。


 少佐はその脳漿のうしょうを限界まで振り絞る。部下も自分も死なせたくない、死にたくない。結論を先取りして述べると、後に高位勲章を叙勲されるに至る防衛戦を行った。


 大隊はまず陣地に追加して、徹底的な偽装を行った。逆に本陣地の前に設けられた前縁陣地の偽装を一部解き、逆に見つかりやすくした。


 さらに個人用の壕をさらに深く、底部には横穴を設けた。これは砲撃時により深く潜り、火炎放射からも身を守る。加えて援護用の盛土である胸墻きょうしょうは偽装を重視するため設けなかった。


 いよいよ帝国軍先鋒が接近した。陣地前で警戒に就いていた一個小隊が警報を発した。


 この小隊は接近しつつある帝国軍に一撃を加え、行軍隊形から戦闘隊形への展開を強要。そうして時間を奪うと帝国軍が本格的な攻撃をかけてくる前に陣地からの迫撃砲の援護の下、撤収した。


 大隊は警報を受けて前縁陣地に少数の兵を進め、敢えてこれを帝国軍に偵察させ、ここは本格的な陣地ですよ、と帝国軍に誤認させた。

帝国軍砲兵が猛射を加える時には少数の兵も本陣地まで後退。帝国軍砲兵の攻撃準備射撃をこの無人の前縁陣地で吸収した。


 そうとは知らない帝国軍は猛烈無比の射撃を叩き込む。まさしく砲兵は数であることを物語る光景だった。


 帝国軍戦車及び歩兵は攻撃前進のため待機中のところをシュトルムに切り込まれ、大変な被害を受けた。


 一個小隊4機のシュトルムは各機500kg爆弾3つを懸吊しており、合計で6トンに及ぶ。


 攻撃前進のため密集していたのがまずかった。歩兵400が戦死傷、戦車5が撃破され、攻撃は全く頓挫した。


 しかし帝国軍は手を緩めなかった。緩めなかった、というよりそれくらいの損耗、帝国軍からすれば微々たるものでしかない。


 1時間後には別の兵力を差し向けた。砲兵による援護射撃は連絡の不備から行われなかった。


 戦車一個中隊12両、歩兵二個中隊500人はまさか無人とは思いもよらず喊声かんせいをあげ突撃する。


 その側面を国防軍戦車一個小隊が攻撃した。


 「戦車だ!戦車だけ狙え!」


 小隊指揮官の少尉が無線にがなり立てる。主砲は戦車を、車体機銃は戦車の後ろの歩兵を狙った。


 欺騙ぎへん陣地に正対し横一線に並んでいた戦車中隊は虚を突かれた形になる。中隊指揮官は隊を二分、二個小隊を突如出現した国防軍戦車小隊に充てた。


 ただし命令を下して直ちに二個小隊が旋回、国防軍戦車に立ち向かうことはできなかった。歩兵と直協しての陣地攻撃の最中だったために周囲に歩兵がいる。その歩兵は側面からの銃撃に戦車を盾にしようと密着していて、つまり急に動くと味方歩兵を轢き殺しかねない。


 予期せぬ方向から撃たれ、奇襲の混乱もあり隊形が乱れた。効果的な戦闘など望めなくなった。


 混乱は付け入る隙であり、損害を増加させた。


 それでも小隊指揮官の少尉は帝国軍戦車隊の隊形が整いつつあるのを見てとった。少佐からはあくまで奇襲に留めよと厳命されている。今は兵力の温存こそ重要だから、と。


 ならば奇襲の打撃から立ち直った敵と戦う必要は皆無。

 

 「弾種発煙弾!戦闘中止、撃ちつつ後退する」


 発煙弾を帝国軍に撃ち込みつつ小隊は後退した。


 攻撃前進中だった帝国軍は戦車の過半を失い、さらには指揮官、つまりは指揮系統を喪失し後退した。



×××××



 帝国軍は3回目の攻撃前進で、ようやく今まで自分達が攻撃していたのが欺騙陣地だと気付いた。


 4回目の攻撃準備射撃は着弾点が非常に広範囲に散らばっていた。少佐の見るところ、陣地を構築していない地点にまで着弾している。どうも流れ弾でもない。


 どうやら、徹底した偽装のおかげで帝国軍砲兵はどこからどこまでが陣地なのか判別つかなかったと見える。


 もっとも、そのせいで一発の砲弾が大隊指揮所至近に着弾、少佐の心胆を大いに寒からしめた。


 攻撃準備射撃がにわかに終わると帝国軍が前進にうつった。少佐の見るところ、帝国兵はやたら薄く横に広がっていた。陣地の全容が掴めないために横に広く展開せざるを得なかったようだ。


 大隊将兵は厳律な射撃軍紀の下にあった。射撃軍紀というのは平たく言えば、例え敵が目の前にいても命令が下るまで撃たないことだ。この時、大隊将兵は200メートルまで引きつけた。


 特に対戦車砲にとって200メートルは至近も至近。75mm対戦車砲は届かせるだけなら射程は2,000メートルを越え、帝国軍中戦車なら1,000メートルの以遠から射貫できる。それを200メートルの至近距離にまで引き寄せた。


 鉄の如き規律が成した。大隊陣地後方から迫撃砲も射撃を開始した。81mmに加えてより大型の120mmも火を噴く。


 射撃諸元は事前に標定され、陣地前縁は区画分けされている。射撃要請はただ区画名だけを伝えれば良く、射撃は迅速で、抜群の精度を誇った。


 帝国兵は一斉に地に伏せた。銃火を物ともしない戦車だけが進む。


 「対戦車班、戦闘用意!」


 事前に指定された分隊が対戦車火器を取り出した。対戦車地雷に携帯式対戦車擲弾発射器『ファウスト』。


 歩兵は機関銃と迫撃砲により制圧されて動けず、よって戦車だけが陣地に侵入した。随伴歩兵を伴わない戦車は随分楽に撃破できる。


 そも、装甲で全身を覆う戦車はその視界を著しく制限される。だからこそ近距離においては歩兵に索敵を手伝ってもらう必要がある。


 なのに陣地からの射撃で歩兵が釘付けにされ動けず、戦車もそれに気付かず前進し、結果として孤立してしまっていた。


 ある戦車長が最後に見た光景は、塹壕から最低限身を乗り出した国防軍兵士が


 大隊陣地は蜘蛛の巣のように壕が走っている。対戦車の役割を負った兵士はそれを伝って戦車に肉薄した。


 ファウストは射程60メートル。ある兵士は10メートルまで接近。肩に担ぎ、発射時に生じる後方爆炎に味方を巻き込まないよう後方を確認、発射した。


 成形炸薬弾の弾頭は距離に関わらず160mmの装甲貫徹力を誇る。45mmの側面装甲など問題ではなかった。


 あるいは対戦車地雷、テラーマイン。押し潰した薄い円筒形の形をした地雷で、本来は180kgもしくは210kg以上の圧力を受けると爆発する。これの信管を時限式にすることで爆薬として代用できた。


 爆薬が4.5kg詰まっているこれを戦車の下に投げ込む。


 こうした肉薄攻撃を掛けるためには本来随伴歩兵が邪魔になる。進んで孤立してくれたのだから随分と楽だった。さらに煙幕を敵戦車と敵歩兵の間に展開し援護した。


 戦車隊にとって幸いだったのは指揮の継承が上手くいったことだった。中隊長の戦死を確認後、引き継いだ次席指揮官の小隊長は後退を決断した。歩兵は銃火に囚われ前進できず、自分達戦車隊は敵歩兵の肉薄攻撃によって次々と葬られている。最早戦闘続行など論外だった。


 怯懦きょうだ退嬰たいえいの文字が小隊長の脳裏に浮かぶ。武勇をこそ至高とする帝国軍の教育は小隊長にも叩き込まれている。だからこそ後退を忌避する。


 だか小隊長はその考えを振り切った。これ以上の攻撃続行は蛮勇、無謀の類いであって、決して積極果敢ではない。


 『後退、後退!』


 無線に怒鳴り、攻撃中止を告げる信号弾を打ち上げた。


 こうして4回目の攻撃も失敗に終わった。

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