第24話 後方団列

 国防軍戦線が突破され、戦車4中隊、通称ドクロ中隊は再び友軍の後退を援護するための遅滞戦闘を命令された。


 中隊長のパンテル大尉は最新の戦況が書き込まれた地図と睨み合う。


 帝国軍の進撃方向を示す赤の矢印は現在中隊がいる地点から少しズレている。そして矢印の先には味方歩兵部隊。さらに増援として戦車中隊も向かっているよう。


 であるならば自分達は敵の正面に対応するのではなく、敵後方部隊を叩くのが良いだろう。


 いかに精強な部隊であろうと後方を断たれれば孤立し戦闘不能に陥る。


 地図を睨む大尉は気付く。突破された我が方戦線。そこから伸びる複数の赤の矢印。間隙がある。どうやら帝国軍はとにかく街道沿いに前進しようと考えているらしい。


 だからだろうか。一本の、とある道に赤の矢印がない。確か大部隊の行軍には適さないが、戦車一個中隊になら十分。


 ここを通れば上手いこと帝国軍の側背を衝けそうだ。


 果たして大尉の予測は正しかった。


 林の縁に隠れ伏撃の態勢をとる中隊。その眼前を陸続と進むのは砲兵団列。長さは見たところ1kmはあるからおそらく師団規模。トラックに牽引される榴弾砲が延々としている。


 戦場の神と称される砲兵も移動中は無力。絶好の獲物だ。


 「弾種榴弾。遅延信管、跳ねさせろ」


 装填されている徹甲弾を榴弾に変えるよう命令。さらに着弾から0.01秒後に炸裂するように信管を調定させた。地面で跳弾させ、空中に跳ねたところで炸裂させようという魂胆である。地面にめり込んでから炸裂するより破片は広範囲に飛び散る。


 「射て!」


 裂帛の気合の命令一下、中隊10両(3両欠)が一斉に射撃。着弾とたもに炸裂するもの、跳ねて炸裂するもの。


 どちらにせよ砲兵隊にとって致命的な攻撃であるのに変わりはなかった。中隊は斉射を3回喰らわせた。


 奇襲を受け砲兵隊の団列先頭は壊滅、団列はパニックに陥った。


 「戦車前へ!」

 

 大尉の命令従い一斉に全車勇躍、茂みから飛び出した。さながらよく統制された狼の群れが一躍、獲物に襲い掛かるようだった。


 主砲に留まらず車体機銃、主砲横の同軸機銃、さらに砲塔天板に設置さらた車長用の機銃で砲兵団列を薙ぎ払う。


 ただし団列に突入はしない。団列の手前で右に旋回、並行に移動しながら間断無く猛射を浴びせる。


 右に移動しながら撃つと弾着も右にズレるが何せ団列の長さは1kmを越える。ただ団列との距離に注意さえすれば横方向の偏差などまるで気にしなくてよかった。


 帝国兵の反応は様々だった。自衛用の小銃で反撃する者、ただ伏して攻撃が過ぎ去るのを待つ者、逃げる者、そして榴弾砲での反撃を試みる者。


 油断していたところに奇襲を受け、帝国軍の長所が弱点になった。帝国兵の絶対的なまでの命令への服従。しかし命令遵守は兵士個々人から思考を奪い、命令が無ければ動けないようにしていた。


 一部で潰乱する兵士も出ながら決然とした、強固たる反撃の意思で行動する兵士もあった。手段は105mm榴弾砲。榴弾砲を直撃させれば戦車も撃破できる。


 生半可なことではない。まず砲とトラックの連結を解除、射撃時に砲を安定させるための駐鋤ちゅうじょを地面に食い込ませ、砲弾を砲弾運搬車から取り出し装填、狙いをつけなければならない。


 狙いをつけるのも至難で、そもそも榴弾砲は有視界で戦闘を行うものではない。一応自衛用に簡易な照準器は付いてはいる。ただそれとて陣地に敵が接近した時を想定したもの。加えて照準器はあっても砲の左右の可動域が限られている。これでは団列と並行に移動する戦車を照準に収めるのは困難を極める。


 結論から先取りすればただの一発も撃たずに終わった。幾つかのグループが決死の覚悟で榴弾砲による反撃を試みた。


 しかしそのどれも装填すらできずに撃滅された。どうしたって砲を操作する動きは目立った。


 団列は全面的に潰走した。わずか小銃で反撃を続けていた兵も周りが敗走するにつれ、段々と戦意が失せ敗走に移った。


 大尉はそれを確認すると、敗走中の兵員を追撃しこれを掃蕩そうとうせんとして中隊を突撃させた。


 団列のトラックを、榴弾砲を踏み潰す。散り散りに逃げる帝国兵の背中に銃弾を、榴弾を見舞う。


 既に士気阻喪した帝国兵に待つのは蹂躙だけだった。戦車は砲弾を節約するため機銃だけで攻撃した。機銃だけで十分だった。


 「戦闘中止、戦闘中止」


 猛撃し団列を撃滅した。帝国兵は蜘蛛の子を散らすように敗走。大尉はこれ以上の追撃は不要と戦闘中止を命じた。本隊が後退中である以上弾薬も節約せねばならない。それに時間をかけ過ぎると本格的な敵部隊が来援に来てしまう。


 最後に榴弾砲とトラックを破壊して中隊は素早く撤収した。



×××××



 夜のとばりが下り、戦闘には全く向かない時間になった。ただし戦闘が行われないだけで、その他の軍事活動は行われる。


 パンテル大尉率いるドクロ中隊も夜闇をいて友軍戦線へ後退中であった。


 大尉の車の横に後衛からやって来た車がつけた。


 「大尉!後方からエンジン音!戦車かと!」


 夜闇の中、燃える家の明かりに照らし出され望見されるのは行軍する帝国軍の戦車縦隊。


 油断し切っているのかエンジンを絞り音を抑える、なんてしていない。まあ戦線後方での夜間移動であれば当然とも言える。


 中隊は再び伏撃の態勢をとった。ただし今度は1つ問題がある。暗さだ。


 待ち伏せるのだから相手に発見されたくない。だから暗いところで待ち構えるが、ということはこちらかも相手が見えにくい。


 国防軍の照準器のレンズは世界最高峰にクリアだが、それでも少し光量が足りない。


 そこで大尉は一計を案じた。装備の1つ、カンプピストーレ。信号弾を撃ち上げるものだが、照明弾も撃ち上げられる。


 小型で光量、継続時間に乏しいが、僅かの間でも敵の姿を闇夜に浮かび上がらせてくれれば十分だ。


 道の右側に大尉だけが陣取り、残りは左側に隠れた。大尉の車は照明弾を撃ち上げ、どうしても目立つ都合上地形及び植生で隠れる。木の枝等で簡易的だが偽装も施した。


 いよいよ敵戦車縦隊が近付く。エンジン音、履帯の音。


 大尉はタイミングを見計らい照明弾を打ち上げた。絞るような鋭い音を立てながら昇り、そして閃光を放った。


 照準に十分な光量を得、中隊は一斉に射撃を始めた。


 戦線後方でまったく弛緩していたところに照明弾、次いで浴びせられた射撃。


 大尉が巧みだったのは照明弾を撃ち上げた位置だ。大尉と帝国軍戦車縦隊の間、中隊主力から見ると戦車が後光を浴びて輪郭が浮かび上がる形になる。


 一回目の斉射の後は照明弾は必要なくなった。撃破され炎上する戦車、爆発四散した戦車がさながら松明の役割を果たしている。


 一方で帝国軍戦車兵からはドクロ中隊は依然として闇の中。ただ射撃時の発砲炎が見えるのみ。

 

 さらに中隊各車は射撃後、移動した。大きく動く必要は無い。ただ発砲炎目掛けて撃たれる砲弾を避けるために少し元の位置とズレるのだ。


 そして中隊各車、3回射撃すると後退し戦闘から離脱した。奇襲から立ち直り組織的な戦闘を行う敵と渡り合うのは好ましくない。それに今は敵の撃破より自分達の生存が重要だ。


 帝国軍戦車は24両が被弾した。戦車は頑丈で、被弾即すなわち撃破とはならない。被弾と一言に言っても、被弾箇所、被弾した砲弾の種類(徹甲弾、榴弾等)で損害は大きく変わる。例えば、炸薬を含まない硬芯徹甲弾が貫通したものの、何もない空間を通り抜けて戦闘にも行動にも支障無し、なんてこともあり得る。


 ただし今回撃ち込まれたのは炸薬を含む徹甲弾。自走は可能だが砲塔の乗員は死傷し、主砲も破損、使用不能なんてこともあった。


 何にせよ、被弾した車両で自走可能な車両もあったが修理は必須。一個大隊40両は半分以上を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る