第23話 包囲の危機

 開戦から1ヶ月。前線の国防軍部隊は全て一様に疲弊し消耗していた。例えばカールの属している中隊は戦死傷、病者により兵員数は半減していた。


 連隊、旅団、そして師団では多少損耗率はマシであるものの、大損害を受けたことに変わりはない。


 ある師団長は記す。


 『我が師団は最早攻勢に使用することはかなわない。ただわずか、防御に耐ええるのみである』


 いくら帝国軍が稚拙でも攻撃を受ければ僅少でも損害は出る。そして僅かな損害も積もれば無視できなくなる。


 師団の消耗は既に三割を越えた。国防軍では戦闘能力を喪失したと判定される値を越えた。


 そらでもなお前線に留まり続けているのにはもちろん理由がある。帝国軍に対抗するだけの最低限の数が足りない。


 やはり原因は戦争勃発後に下令された動員令で、戦力が前線に届くのに今しばらくかかる。


 全般に消耗は激しい。幸いにして空軍の奮闘により後方地域、特に兵站線への攻撃は拒止できており、補給に障害は無い。


 ただそれでも補給は不足の気配を見せていた。特に砲兵と戦車部隊は各地で酷使されているから弾薬、予備部品の消耗は戦前の想定を上回っていた。


 特に砲兵のそれが深刻である。砲兵は攻撃にも防御にも重要な役割をなす。必然、膨大な帝国軍に抗するために砲兵は連日撃ちまくる。


 『教本で制限されている発射時間なんてのはとうに越えていた。砲身は常に加熱されていて、だから弾着も相応にズレていたと思う。けれど撃った。砲撃支援の要請はひっきりなしで、俺達はずっと撃ってた。冬なんか、焚き火いらないねぇな、なんて冗談のタネにしてたんだがね』

 

 大砲を撃ち続けていれば砲身は否応なしに加熱し、つまりは砲身寿命を縮めてしまう。それでも対砲兵、戦車、歩兵に延々撃ち続ける必要があった。


 砲弾、装薬、砲身、その他。補給が必要なものは大量にあった。人員の死傷が他兵科と比べて少ないことは唯一幸いなことだった。


 それから自走榴弾砲。装甲で覆われ、履帯で移動するこれらは機動力と打撃力、最低限の防御能力を備えるものとして大いに活躍していた。


 ただ機動力に関して少し難点も出てきていた。その難点というのが車体部分がトラブルを起こした場合。トラック等に牽引される牽引砲の場合、トラックが使えなくなっても別のトラックなりに牽引させればいい。


 ところが自走榴弾砲の場合、車体と砲は分離できない。つまり車体が行動不能になったら砲も移動不能になる。


 戦車を始めとした、他車輛による牽引も可能ではあるが、砲、装甲を備える以上やはり大変なのは言うまでもない。


 一方の帝国軍は国防軍による後方連絡線への攻撃に頭を悩ませていた。単発戦術爆撃機、シュトルムはロケットで、爆弾で、線路、物質集積所、移動中の部隊を次々と襲っていた。   


 中でも線路は動かず、存在の隠匿も不可能、さらに一部でも被害が出ればたちまち列車が移動できなくなる。


 今また、一個小隊4機のシュトルムが、これまた一個小隊4機の護衛の元、線路を襲撃するため飛んでいた。


 『黒 白煙が見える』


 爆撃機編隊の1機が水平線から立ち昇り、移動する白煙を認めた。十中八九機関車だ。


 『運が良いな』


 編隊長は敵発見を意味する、両翼端を上下に振るバンクを送る。同時に襲撃開始を意味した。

 

 『対空砲に注意』


 機関車も自衛用に対空機関砲を積んだ貨車を繋いでいることがある。


 だが今回は何もないようだった。編隊は悠々と襲撃した。30mm機関砲と7.92mm機銃の掃射を加えつつロケットを放つ。


 シュトルムは優れた兵装搭載量を誇る。この時はロケット弾16発、250kg爆弾1発を懸吊けんちょうしていた。


 先頭車輛にロケットが突き刺さり爆発、風船が破裂するみたいだった。


 ロケットと機銃は客車を、つまりはそこにいる帝国兵を襲う。即死したもの、あるいは四肢を吹き飛ばされ、死んだ方がマシな重症を負ったもの。


 頭部がザクロみたいに裂け、切断された断面は焦げ、車輛内部は一面血と肉片にまみれる。


 兵隊は堪らず止まった列車から飛び出す。それをシュトルムが見逃す道理も無く、またもロケットと機銃の掃射を浴びせる。着弾に砂柱が林立する。


 列車は戦車とトラックも積載していた。トラックには機銃を、戦車にはロケットか爆弾と機関砲で攻撃する。


 トラックのフロントガラスは被弾で蜘蛛の巣を想起させるほどに割れ、車体も穴あきチーズの様相を呈する。


 爆弾で攻撃された戦車は貨車ごと吹き飛んだ。30mm機関砲も有効な手段だった。


 曳光徹甲弾もしくは徹甲弾は中戦車の側面を貫通できる性能を誇る。無論貫通即撃破ではないが、機器は破損する。曳光徹甲弾が貫通し、弾薬に誘爆したり、燃料に引火したりすれば撃破間違い無しだった。


 列車が火災に包まれる。客車には負傷したために避難できないでいた兵もいた。そうした兵の助けを求める叫び声、火に包まれる悲鳴。


 そうした悲痛も列車の外に転がる負傷者の叫び声に掻き消された。



×××××



 リュッツ歩兵大将はサルン地域の国防軍である西部軍集団を束ねる総司令官。実直かつ粘り強い性格により防衛戦に配された。


 そんな彼の司令部に急報がもたらされた。


 「第36歩兵師団の戦区が突破された模様」


 とうとう戦線を支え切れなくなった部隊が出た。


 全戦線に亘って強圧をかける帝国軍の広正面戦略。これに抗するため国防軍は矢継ぎ早な予備戦力の投入、消耗した部隊を踏み止まらせる等の処置を採った。

 

 しかしそれを越える圧力を帝国軍は掛けた。具体的にはさらに一個戦車軍団を戦線の1箇所に投入した。


 一個軍団。軍団というのは複数の師団を束ねた単位のこと。既に展開していた歩兵師団に配されていた戦車も合わせて合計は600両を越えた。これに対し国防軍は70両。


 この攻撃を受けた国防陸軍第36歩兵師団が守備していたのはヴェーストル森林地帯の南端、シュトロウセ平原との境目。


 司令部は察する。帝国軍の進撃の先にあるのは都市アウスフューロン。ここはシュトロウセ平原の国防軍の一大兵站拠点。この都市が帝国軍の手に渡ればシュトロウセの国防軍の補給が絶たれる。


 そしてこの都市は位置的にシュトロウセ平原の元栓のような箇所にあり、陥落するとシュトロウセの国防軍は閉じ込められる。帝国軍の片翼包囲と見ることができた。


 リュッツ歩兵大将は直ちに予備の投入を決断した。全力をもってこらに当たらねばならない。

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