第22話 傷病者集合点

 銃声は段々と減り、やがて完全に止んだ。そこかしこで士官が部隊を掌握しようと務め、そこに衛生兵を呼ぶ叫び声が混じる。


 段々と平静を取り戻すと左腕に液体が流れる感覚があった。何かと思い視線をやると、どうも腕を伝ってきた血が手の甲を流れていた。


 不思議なもので、負傷していることを自覚すると急に痛くなってきた。でも幸いなことに重傷ではない。腕も普通に動くことを考えるに破片か何かだろう。


 ひとまず安堵した。


 一体どの辺りを負傷したのか。とりあえず止血しようと負傷箇所を探すが土埃に塗れた灰緑色の野戦服の上からでは判然としない。


 そうこうしていると弱々しいうめき声のするのに気付いた。


 声のする方に目をやると、腹に銃剣の突き刺さった戦友がへたり込み背を胸壁に預けていた。


 側から見てわかるほどに出血している。


 「え、衛生兵!衛生兵!」


 慌てて大声で衛生兵を呼ぶ。呼ばれた衛生兵は「叫ぶ元気があるなら大丈夫だから黙ってろ」とカールを睨め付ける。んなことよりこの兵士の止血手当をしなけゃいけないんだよ、と。


 「た、大変だ。腹を刺されてる奴がいる」


 けれどカールの言葉を聞くや血相を変えて飛んできた。腹部負傷はすぐに処置しないと死に直結する。


 衛生兵はううむ、と難しい顔をしながら処置に取り掛かった。


 一通りの処置が終わるとカールはその戦友を陣地後方の傷病者集合点まで移動させるよう頼まれた。


 とは言え1人じゃ移動させられない。担いでいいなら可能だが、負傷した戦友の容態はそれを許さない。


 もう1人の戦友と協力、上着と太い木の枝で足跡の担架を作成するとそれで移動させる。


 途中から左腕が尋常でなく痛くなってきた。汗もダラダラと出てくる。脂汗ってやつだと思う。


 「お、おい……」


 戦友が心配そうに声を掛ける。


 「ああ」

 

 わかってる。けどどうしようもないし、無視して動ける内に負傷した戦友を運んでしまおうとカールは頷く。


 集合点では負傷者が軍医の治療を受けつつ後送ののため待機していた。


 カールは衛生兵に腕を診てもらう。戦闘服上衣を脱ぐと衛生兵は水をかけて血を洗い流し患部を見やすくした。どうやら左腕上腕部に細かい破片多数を受けているようだった。


 結論、カールは後送された。


 野戦病院は地獄だった。手術台のそばにはバケツ一杯の切断された手足が何個も。看護師がこれまたバケツ一杯の血を無造作にぶち撒ける。


 天幕の下に重傷者が並べられている。あれははたして手術を待っているのかそれとも手の施しようがなくて運命を天に任せているのか。


 血の臭いが充満していた。


 蠅が初夏を謳歌していた。


 これでも国防軍の野戦病院は質という面では他国と比べ遥かに高い水準にあった。特筆すべきが医薬品。


 手足を銃弾その他で負傷すると感染症対策のために切断してしまうことが多い。けれど国防軍の場合、傷口に抗生物質を投与することで感染症を防ぐことができ、結果として四肢の切断を防ぐことができる。


 これはつまり、同程度の負傷であっても、国防軍兵士は戦線復帰できるが、帝国軍兵士は四肢切断により復帰できないことを意味する。


 戦時には兵力の観点に、終戦後は兵士個々人の人生に大きく資する。


 もっとも現場の兵士にその様な事に考えが及ぶ者はなく、個々の兵士から見ればやはり凄惨であることに変わりはなかった。


 実際、手術台の近くにはバケツ何杯分もの手足があり、治療の見込みの無い重傷者はただ寝かされている。


 「戦友……」


 ヒュー、ヒューとかすれる声でカールに話しかけるのは戦車兵だった。傍目から分かるほどに火傷が酷い。表情すらわからない。


 寝かされている負傷者の数に比して


 「水を……」


 「あ、ああ」


 カールは腰の雑納に組み付けられた水筒を取り外すと戦車兵の上半身をそっと起こした。飲ませると「ありがとう、ありがとう」と繰り返す。次いで彼にも、と顔を回し右隣りを見る。


 見ればそちらも戦車兵。同じ戦車の搭乗員なのだろう。けれどその戦車兵は既に死んでいた。


 カールはそっとその戦車兵の目を閉じる。


 ありがとう。悲しみに囚われたその言葉は蚊の鳴くほどに小さな声だった。

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