第21話 破砕

 カール二等兵が防御陣地で配置についていると小隊長、中隊長が連れ立って視察と激励に訪れた。どうやら陣地中をこうして巡り末端の兵士個々人まで励起して回っているらしい。


 頑張れ、意地の見せ所だぞ。苦労ばかりかけるが頼んだぞ。


 奥さんと祖国の命運は君にかかっている。奥さんを守れ。


 個々の兵士と普段から接しているからこその温かさを含んだ言葉。


 カールの答えは一つ。


 「はっ、誠心誠意尽くしてまいります!」


 

 ×××××



 砲弾が降った。目算で陣地前方100m。続いて陣地後方200m。観測により射撃諸元を修正しつつの砲撃。


 やがて前後左右の修正が終わったならば次に待つのは効力射。砲兵中隊、大隊、あるいはそれ以上の規模の団隊の所有する全砲を用いて苛烈な砲撃が行われる。


 どうやら前線の帝国軍砲兵は再びまともに活動できるようになったらしい。いまや開戦直後のような、ぽつぽつと雨の降り始めのような散発的な砲撃ではない。


 バケツの中身を一気にひっくり返したような激烈な砲撃がカールを、陣地を襲う。


 事実、帝国軍は開戦劈頭での砲兵の大損害をおおよそにおいて補充し終えていた。対連邦用の後方梯団から砲兵のみを移管したのだ。


 カールは個人用掩体に深く潜り、母親にしがみつく赤子の様に小銃をがっしり抱え込んで耐えた。


 砲弾の炸裂する轟音が耳の奥深くまで突き、大地が揺れ、振動で細かい土がパラパラとカールに降る。


 じっと耐えていた。地面に潜ってひたすら丸まっているのはさながら貝だった。


 さながら豪雨が止むみたいに急に砲撃の勢いが弱まりピタリと止んだ。


 カールは穴から這い出ると銃を構える。砲撃に続くのは敵の突撃だ。いつだって砲兵が耕し歩兵が前進するのだ。


 ただ10分経っても帝国軍は姿を表さない。……遅い。


 歩兵は1分もあれば砲撃の衝撃から立ち直り戦闘態勢に入る。散々に叩かれたって2、3分もあれば衝撃から立ち直る。


 だから国防陸軍の歩兵教典には『突撃は最終弾に膚接して行われる』と記されている。実際にはともかく、砲兵の最終弾とともに敵陣地に飛び込むぐらいの心意気でなければならないのだ。


 そうしなければ敵は激しい銃火を浴びせてくる。


 あるいは今し方の砲撃は嫌がらせだったのだろうか?別の可能性もある。砲撃を一度中断し、穴から出てきて陣地の修繕等の作業を始めた兵員に再び砲弾の雨を降らせる。


 陣地に籠る歩兵は驚くほど頑強だ。だから一旦穴倉から出させ、無防備に地上に露出したところに再度砲弾を叩き込む。


 ただその戦法にしては次が来ない。


 結局のところ、嫌がらせの類いだろうとカール達は考えた。


 だが砲撃が止んでから30分後、帝国軍は攻撃前進を開始した。カールの見る限り増強された歩兵一個中隊規模。


 帝国軍は各兵科間の連携がまったく不十分だった。


 すぐさま国防軍砲兵の攻撃前進阻止射撃が始まり、正確無比な射弾を間断無く帝国兵へ送り込む。


 帝国兵が前進すれば砲弾の落着域も合わせて動く。


 但し砲弾の絶対量が足りていなかった。この時砲撃を加えていたのは一個中隊、数にして四門。歩兵中隊の迫撃砲も加わるとは言え力不足は否めなかった。


 帝国軍が500mにまで接近。機関銃がその口火を切った。カールも続く。


 平坦な地形ゆえに帝国兵を遮る物は無し。


 機関銃は地面スレスレにその銃口を設定してあった。接地射と呼ばれる撃ち方で、弾道は地面スレスレだから帝国兵は立っていようと伏せていようと関係無く次々と薙ぎ払われる。


 帝国兵の一歩進むごとに甚大な損害を出していた。それでも砲弾、銃弾の雨を突いて突撃する。


 全般に帝国兵は強靭な精神力を有する。平素、幼少からの強烈な愛国教育はそのまま祖国を護るという強力な戦意へ変わっていた。


 強力な愛国心は転じて戦意に、その戦意が命令への絶対的な忠誠を可能にした。そして戦意充溢した帝国兵は剣林弾雨に臆せず飛び込む。


 戦後、国防軍将兵は回想する。


 『言ってしまえば彼らはゾンビみたいだったよ。ほら、最近映画で流行ってるだろう?いくらか銃弾をくらっても突進してくる。あれだよ』


 戦後まもない時期の回想とあって、口調は幾分否定的だが、その分偽らざる感覚だった。


 その帝国兵がカールの眼前に迫った。一個増強中隊は一個小隊程度にその数を減じていた。


 陣前に迫る帝国兵に対しカールは戦友と一緒に手榴弾を投げる。


 帝国兵は突撃発起線に到達。突撃を発起する前に壕に籠る国防軍将兵を攻撃しようと手榴弾を投げる。


 僅かばかりの手榴弾の投げ合いの後、発起された突撃の正面はカールだった。


 突撃を撃 破砕せんと機関銃が両翼から火箭かせんが伸び一団を捉える。

 

 「畜生っ!」

 

 カールも1人の胸目掛けて射撃。そいつはパタリと倒れた。


 コッキングしているあいだにも帝国兵は指呼の距離にせまる。武装しておれど青壮年にかかれば50メートルなんて一瞬。


 鬼気迫る表情の帝国兵まで、彼我の距離1メートル。辛うじて再装填が間に合う。最早照準など必要ない。おおよそ銃口が向いた瞬間すかさず射撃。


 それが致命傷となり、ばたりとカールの壕に崩れ落ちてきた。見れば顔つきはだいぶ幼さを残している。20を迎えていないのではないか。


 帝国兵は陣地に突入してきた。酸鼻さんび極まる白兵戦の始まりだ。


 「おあぁぁぁぁーっ!」


 敵が体全体で怒気を放ちながら銃剣を突き出してきた。カールはそれを避け逆にふくらはぎの辺りを銃剣で突き返す。


 足を突き刺され塹壕内に落ちてきた敵に止めを刺そうとすると別の敵が飛び掛かってきた。塹壕の壁に叩きつけられたカールだが蹴りを喰らわすことで敵兵を突き飛ばした。そいつに向けて銃弾を見舞う。カールのことを殺意とともに睨んだまま崩れ落ちていった。


 今や連邦兵は次々と塹壕内に襲い掛かってきている。

 

 目の前の敵の側頭部を小銃のストックで横薙ぎにした。追撃する暇なんかなく、さらに別の敵にストックの底で突くように殴った。態勢を崩したそいつの胸に銃剣を突き立て、さらに銃撃した。


 味方が塹壕の上にいる敵のサブマシンガンで蜂の巣にされた。その敵はカールが銃口を向ける前に撃たれて視界から消えた。


 別の味方が敵兵と取っ組み合いをしている。敵の横腹に突進して銃剣を突き刺し、勢いのまま壁に叩き付け、さらに銃弾も叩き込む。


 銃剣を引き抜くと味方が敵の銃剣に刺されて地面に突っ伏した。


 そいつを殺そうとすると別の敵からぶん殴られ、衝撃で小銃を落としてしまった。正対した敵が銃剣でカールを刺し殺そうとしてくる。咄嗟にスコップを振るい敵の銃を叩き落とす。


 すると敵はカールに突進して組み付いて首を絞めてきた。筋骨隆々の大男でカールは地面に倒れ敵が馬乗りになった。万力で締め上げられる首。右手で持っていたスコップで敵を叩くが態勢のせいで上手く力が入らない。もがいた左手が何か硬い物を掴んだ。それを使って敵の側頭部を叩く。掴んでいたのは国防軍の灰緑色のヘルメットだった。


 何度も叩くがまるで効いてない。瞬時の閃きでヘルメットを放して指を敵の両目に突っ込んだ。野太い大声で悲鳴を上げるがそれでも力を緩めない。いよいよ意識が遠のいてきた。


 だが次の瞬間、サブマシンガンの連射音が響くと、ビクンと大男の体が跳ねるとカールの上に覆い被さってきた。軍曹がこの大男を殺したのだ。死んでも尚カールの首を絞めていた手だがなんとか引き剥がした。


 もう滅茶苦茶だった。『戦闘』なんてものじゃない。ただただ生存のための闘争だった。もう何をどうしたのかも覚えてない。


 けれど終わりは確かに来た。帝国兵は攻撃前進中及び突撃を発起した直後に小隊、中隊指揮官を失った。国防軍陣地内に突入した段階において既に指揮統制は崩壊していた。結果、組織的戦闘は望むべくもなく、また後退を命じる指揮官も無く、陣地内で全兵士が戦死した。


 銃声は段々と減り、やがて完全に止んだ。そこかしこで士官が部隊を掌握しようと務め、そこに衛生兵を呼ぶ叫び声が混じる。

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