第19話 空襲

 帝国領空遥かを国防空軍の4発爆撃機が護衛の戦闘機共々、大挙して飛行機雲を曳いていた。


 先んじて行われた航空偵察によれば、爆撃予定地点上空は快晴で爆撃地点が雲で覆い隠されることはない。風も許容範囲内で爆弾の落下に致命的な作用をもたらさない。


 合計で100機を越える爆撃機はある地点で編隊を分け、それぞれの目標へ向かう。目標は兵器工場及び前線への物資中継拠点となっている鉄道操車場。


 後者へは20機で当たり、残り全機は兵器工場へ全力を投射する。


 地上から見れば龍が泰然としているようであった。


 やがて編隊が分かれ、最初に爆弾を落としたのは鉄道操車場を担当した編隊だった。


 迎撃機、対空砲火共に認められず。目標へのアプローチを開始して爆弾倉を開けた。気流が掻き乱されガタガタと機体を揺らす。


 機長は爆撃手が狙いを澄ます時間を稼ぐためにエンジン出力を下げ、操縦桿を少し押し、機体を緩降下させた。


 爆撃用照準器に複数の線路が編み出す、ラグビーボールのような楕円形が収まる。


 「投下!投下!投下!」


 編隊長機の号令一下、全機が次々と投弾。腹の中から大量の100kg爆弾を放出した。


 操車場全体に100kg爆弾が驟雨しゅううとして降り注ぐ。遥か高空から落下してきた爆弾は例え炸裂しなくても、その質量だけで甚大な威力を持つ。


 地中にめり込み、或いは貨客車を破砕し、爆発した。地面を掘り返し、レールを、貨客車を宙へ放り上げる。


 貨車に積載されていた弾薬に誘爆し更なる爆発を呼び起こし、その他諸々、糧食なんかをも跡形残らず消し飛ばした。


 爆発の衝撃は土塊を細かいレールや貨客車の破片以上に高空へと持ち上げた。濛々もうもうと黒煙と土煙が立ち込め、後には圧倒的な鉄と炸薬の暴力が跡を残した。




 兵器工場へ向かった編隊は戦闘機からの迎撃を受けていた。


 『10時下方に飛行機雲!』


 無数の上昇してくる飛行機雲を認めると護衛機は少数を万一の予備として残して直ちにこれに斬り込んだ。

 

 帝国軍機は高高度に溺れていた。高高度は大気密度が希薄になり発動機は出力は低下する。これを解決するため、吸気を過給させるための過給機を使うが、帝国は過給機が未成だった。


 よって帝国軍機は高度6,000mを越えると機体性能は悪化する。7,000mまで登るともう老ぼれが重装備で山を登ってるよう、と揶揄されてしまう。


 一方の国防軍機は2回過給する2段式の過給機を備え、遥かに高高度性能に優れていた。


 この状況で高度差にしておよそ2,000m上空から国防軍機に降られた。高高度、尚上昇に必死だった帝国軍機に回避のための余力など無いに等しい。


 幼児が溺れて水面で必死にもがいているようだった。初撃で散々に射撃を浴び撃墜された。


 白い飛行機雲の代わりに黒煙が空に尾を曳く。


 機体性能の優越は航空で決定的な結果として現れた。迎撃機は数で僅かに上回っていたが初手でその優位も霧散。


 老耄おいぼれが軽快とは言わずとも十分に動ける者に勝てる通りは無し。ただ旋回するだけで速度と高度を大きく失う迎撃機。護衛機は普段ならできない、照準器から敵機が溢れるほどに近づいて必中の射撃をくわえた。


 散発的に極小数の迎撃機が護衛機を振り切り爆撃機編隊へ突入を図る。


 けれど爆撃機の防御銃座の火力は生半可なものではない。


 機体上部、下部、尾部に20mm連装機関砲、側面及び前面に13.2mm単装機銃を備える。


 この機関銃、砲弾の弾雨が迎撃機を出迎える。


 防御銃座は撃墜を狙わず、敵機の照準と射撃を妨害することに主眼を置いている。雨霰と自身へ向け飛んでくる曳光弾に平静を保てる人物というのは少ない。


 撃墜は主目標ではないが、あまりに低速で、それも一機づつ迎撃機が突入するものだから射弾は集中し多くは撃墜もしくは大破した。


 こうして爆撃機編隊は悠々と迎撃機を振り切った。振り切った、と言うより迎撃機が追い付けなかった、と表現する方がより実情に近い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る