第18話 遅滞

 シュトロウセ平原の国防軍は第一線陣地から防衛線を後退させるに決した。これに伴い、部隊が第二線に後退するまでの時間を稼ぐ任務を


 戦車4中隊、通称ドクロ中隊の内の1小隊長であるクルツ中尉は遅滞の任を命ぜられた。


 戦力は小隊の戦車四両のみ。戦車は75mm長砲身砲に正面80mmの装甲を有する。


 基本的には教本に『縷々るる短切なる打撃を与え……』とあるように短い伏撃を複数回仕掛ける。そのために機動力と火力を活かす編成だ。

 

 稼ぐ時間は1日。1日あれば一線部隊は後退を完了するとのこと。


 中尉の考える戦術は行軍態勢にある敵に攻撃を仕掛け、敵に戦闘体形を強要することだ。縦一線で進撃する敵を待ち伏せ、横一線の戦闘体形へ。一撃をかましたならば速やかに離脱する。すると敵は横一線かはまた縦一線に体形を直さなければならない。加えて損害の整理も必要になる。


 このように、主として敵に打撃を与えるのではなく敵の時間を奪う。


 しかしながら戦力が少ない。帝国軍の猛攻のため本来は中隊単位で行動したいところ、小隊毎に戦線各所に分散投入されるハメになっている。そして随伴歩兵がいない。


 さてではどうしようかと大尉は地図を広げる。ありがたいことに味方空軍が観測結果を送ってくれたため、おおよその敵部隊の所在と兵科が判明している。


 「むう……」


 結局のところ開戦前から計画されていた通りに伏撃を仕掛けるのが良さそう。ただし戦力の不足で当初の計画通りにはできない。いくつかの地点での待ち伏せは諦める必要がある。


 第一の伏撃地点は曲がり道。敵から見ると進行方向にまず5mほどの高さの地面の隆起、乗り越え下るとついで左への緩やかな曲がり道。クルツ中尉の小隊はこの曲がり道正面の樹木線の中で待ち伏せる。


 樹木の中に戦車を突っ込ませ偽装を施し伏撃態勢を整えた。偽装を施している最中、味方の急降下爆撃機が敵の方向へと飛んでいった。


 偽装を終えたあたりで遠くから雷鳴のような音が響き、幾筋かの黒煙が立ち上った。


 それから一時間程だろうか。クルツ中尉は隆起の陰から双眼鏡で街道の向こうを監視していた。彼方かなたからエンジンが聞こえ、土煙が舞い上がる。


 見えた。縦列で先頭集団は中戦車。土煙で視認性が悪い。戦車は14両程度、その後方にトラック。


 戦力の規模的に増強中隊か。追撃の先鋒とな先遣隊とみるのが妥当だろう。


 クルツはそれだけ確認すると大急ぎで自車に戻った。


 主砲の照準は隆起の頂上。


 戦車が隆起を越えようとする瞬間、比較的薄い正面装甲下部が狙える。さらに隆起を乗り越え下る時は傾斜した正面装甲が地面の傾斜分相殺される。


 砲身が見えた。車体が見え、そして下部装甲が見えた。


 砲手は照準器を通して見ていた。中央、三角形の頂点が下部装甲にピタリと重なった。


 「撃て!」


 中尉が令す。撃発。狙い済まされた一撃。


 鍛えられた槍の穂先が鋭く人体を突き刺すように砲弾も下部装甲を貫通した。一瞬にして搭乗員五名を死へ追いやり、炸裂により生じた白煙が砲身から噴き出す。


 後続は何が起きたのか正確に把握できずにいたが、それでも砲声が轟いたこともあり伏撃ということは勘づいた。


 帝国軍は教義通り、訓練通りに反射的に攻撃に移った。ただし三々五々、各戦車がバラバラに前進するから体形は全く整っていない。


 通常、稜線を越える時は横一列の体形で前車一斉に越えるのが望ましい。一両一両越えたのでは一両づつ的になるだけだからだ。


 事実この時もそうなった。指揮の混乱により明確な命令無いまま前進したために次々と稜線上で撃破されていく。


 稜線を越えてもそれは変わらず、隆起で垂直に近くなった傾斜装甲を撃ち抜かれ、戦車は続々とその骸を晒す。


 十両以上を撃破するとようやく帝国兵は稚拙な前進を止めた。


 クルツ中尉はこの機に後退するに決めた。丘陵の向こうでは相当な混乱が支配していることが手に取るようにわかる。だからこそ正面からの殴り合いになる前に離脱する。


 任務が遅滞であり、そこには戦力の温存も含まれる以上、指揮系統を回復した敵と戦うリスクは負いたくない。


 中尉は先に二両を下がらせ、援護位置に着いたことを確認の後、後退した。


 10分にも満たない戦闘で帝国軍先遣中隊は十両以上の戦車を失った。

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