第17話 逆襲

 度重なる猛攻にとうとう中隊陣地の一部が占領されるに至った。このまま放置するとそこを支撑点しとうてん、つまりは足掛かりとして敵がより陣内深くに侵入してくる。


 そこで直ちに逆襲を仕掛け、この陣地に蟠踞ばんきょする帝国兵を駆逐することが求められた。


 カール二等兵所属の小隊はこの陣地を奪還するよう下令された。カールはチラリと整列した小隊を見渡す。人員が少ない。暗闇ゆえ仔細はうかがえないが半分と少しぐらいか。


 幾ら頑強な防御陣地に拠っての戦闘とはいえ死者は出る。昨日右隣を守っていた奴は頭に一発くらい即死し、左を守っていた奴は白兵戦の際に腹部に銃剣を受け今は野戦病院。


 ふとカールの脳裏に疑念がよぎる。果たして逆襲の命令を発した上はこの事を把握しているのだろうか。


 一個小隊で十分と考えたとして、実際の戦力はその半分程度なのだ。戦車の援護、なんていう贅沢は言わないからせめて装甲車とかはくれないだろうか?


 そんなカールの疑念、嘆願を他所に集められた小隊員に小火器と大量の手榴弾が交付される。


 陣地に切り込むということでボルトアクションライフルはお預け。より近接火力の高い短機関銃や拳銃が手交された。カールには拳銃が渡された。


 9×19mm弾を使用弾薬とし、弾倉に8発、薬室内に1発の計9発。これに10個以上の大量の手榴弾。ベルトに挟み、雑能に入れ、なんとか携帯するがとても重い。それから銃剣。


 100m離れた隣接する陣地から密やかに出撃する。その陣地を守備する見知った顔から無言の激励を受けた。


 小隊は2つの分隊に分かれて進む。


 草むらに伏せてゆっくりゆっくりにじり寄る。下草を押し潰し、些細な音も立てないように細心の注意を払って慎重に。


 自分達から見て丘の右手にちょっとした溝があり、陣地の近くまで通じている。そこを這って進む。伏せていれば水平からは姿を隠せる。


 じっくり、じっくり進み帝国兵の声が聞こえる距離まで近付いた。帝国兵はやけに喋っている。帝国語を解さないカールに内容は分からないが、戦場にいるにしては随分お喋りな連中だ。

 

 拳銃をホルスターから取り出し安全装置を解除した。最前部の戦友が投げ入れた手榴弾の爆発と共に突撃した。


 暗闇に短機関銃や拳銃の発射炎がまたたき、銃声が耳を裂き、緊張を孕みながらも静寂を保っていた陣地は一瞬にして修羅のちまたと化した。


 奇襲は速度が命。敵が対応できていない、麻痺している内に陣地に浸透するのだ。連日の戦闘で崩れている箇所もあれど元は自分達の陣地。魚が清流を泳ぐかのようにスイスイと進む。

 

 敵は完全な混乱状態で、カール達がどこにいるのかさえ全く把握できていない。


 カールはまったく別の方向に注意を払っていた敵一名を射殺した。そいつの隣にもう一名いたが、カールに向き直ったところで射弾を叩き込まれた。左手で胸壁の土を掴もうとしながらグッタリと斃れた。


 ガチリ、と拳銃のスライドが後退して止まった。弾切れ。素早くマガジンを交換して進む。


 周囲の銃声のほとんどは国防軍のもの。ということは帝国兵はあまり射撃していないということ。まだ帝国兵は麻痺から回復していないらしい。


 ズドド、と鋭い連射が角の向こうから浴びせられる。


 「手榴弾!」


 先頭の軍曹が叫びカールが投げる。爆発音に混じって悲鳴が聞こえた。直ちに軍曹が突進、角の向こう側を掃蕩そうとうした。


 手榴弾、手榴弾、手榴弾。角という角に手榴弾を放り短機関銃と拳銃で掃射する。


 帝国兵の死体が三つ転がっていた。唐突にその内の一つが手を伸ばして先行していた味方を掴んだ。もう片方の手には手榴弾が握られている。見開いた目は死なば諸共もろともの決意を感じさせる。そいつは胸部から酷く出血していた。死ぬことが分かっていて、自分の命を少しでも高く売り付けようというのだ。


 「な……」


 一瞬、完全に意識の外からの出来事にカールも掴まれた味方も驚きで固まってしまった。だが兵士としての本能が体を動かし敵兵を射殺した。


 ぐらりと帝国兵の体が倒れ、手榴弾も転がる。まずい。転がる手榴弾を見て死が脳裏のうりよぎる。


 手榴弾がその威力を発揮して足を掴まれた味方を吹き飛ばす。味方が間に挟まってくれたから致命傷にはならなかったがカールも吹き飛ばされた。

 

 「ク、クソ……」

 

 体をまさぐったカールはとりあえず無傷なのを確認した。しかし爆発の衝撃波か、それとも頭を打ち付けたのか、或いは両方か、頭が痛み、揺さぶられているような感覚がある。それでも体を起こすと前進する味方に加わった。


 一時間の酸鼻さんび極まる戦闘の末、小隊は帝国兵を陣地より駆逐し再度占領した。

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