第15話 攻撃前進

 全線にわたって帝国陸軍の地上部隊が皇国国境を侵犯、前進を開始した。特にシュトロウセ平原では平坦な地形から帝国軍が最も得意とする数による広正面攻撃がその暴威を振るっていた。


 膨大な戦力を有する帝国軍は防御側をあらゆる場所で攻撃し、最後には全戦線を崩壊させる、一種の飽和攻撃を好む。


 国防軍は戦車と歩兵の津波に晒された。ところで一部では国防軍の指揮官を驚かせることがあった。


 砲兵の援護のないまま帝国軍が攻撃してきた。通常、防御陣地へ攻撃する前には砲兵が攻撃準備射撃を加え、攻撃部隊が前進を開始すると攻撃前進支援射撃が行われる。つまりは攻撃前も攻撃前進中も砲兵による徹底した射撃が行われ、防御側部隊の頭を押さえる。


 ところがそれがない。戦況によっては奇襲のために砲兵射撃を行わないことも稀にあるが、正面きっての戦闘で実施しない理由がない。


 そんな帝国軍の内幕を話せば、そもそも砲兵がいなかった。開戦初頭の熾烈な対砲兵戦で帝国軍砲兵は壊滅的な損害を被り、全戦線に亘る砲兵支援など不可能になった。


 そこで重要な箇所にのみにしか砲兵支援を行わなかった。行えなかった。


 そして砲撃支援があろうとなかろうと帝国軍は攻撃した。


 カール・シュルツマン二等兵は複数の丘陵からなる防御陣地の一画で、胸壁に着剣したライフルを固定し前進してくる帝国軍を照準に捉える。射撃の命令はまだ出ていない。


 前方の平原を十二両の戦車が突撃の先鋒を務め、雲霞うんかの如き数の歩兵が続き、万歳の叫び声が空気を震わせる。


 圧するような戦車のエンジンが聞こえる。大地が揺れているのは戦車の振動かそれとも自分の恐怖心からかはわからない。


 厳正な射撃軍紀の下にあって、兵は全員射撃開始の命令を待っていた。射撃軍紀とは平たく言えば、撃つべき時に撃ち、撃つべきでない時は撃たないことだ。


 一見至極簡単で当然のことのようだが、これが意外に難しい。敵が大挙して押し寄せてくる中、射撃それ自体は可能なのを撃たずに堪える。


 二桁にのぼる戦車が、砂塵を巻きたて、履帯が地面を喰み、主砲と機銃が自分を見据える。歩兵が万歳の喊声かんせいを叫び、怒鳴りながら突撃してくる。


 黒染めされていない銃剣は陽の光を反射させている。その銃剣が林立して自分達に襲いかかる。


 自軍砲兵隊及び陣地後方に布陣している迫撃砲が攻撃前進阻止射撃を開始した。


 凄まじい弾着の連続。続け様の爆発、舞い上げられた土煙に帝国兵の姿が視界から消えた。


 「いいぞ。そのまま全員ぶっ殺しちまえ」


 隣で守備につく戦友が蚊の鳴くような声ような声で独りごちた。カールとしても大いに賛同するところだ。


 土煙の中からエンジン音高らかに戦車が姿を現した。瞬間、厳重に隠匿されていた四門の対戦車砲が火蓋を切った。


 耳を聾する射撃の轟音。視線の先、被弾した戦車がピタッと動きを止めた。見渡せば二両の敵戦車が炎上し、一両が爆発して砲塔が宙に舞った。つまり対戦車砲兵は初撃で全弾命中させ四両を葬ったのだ。素晴らしい射撃精度。


 敵戦車は反撃の砲火を陣地に浴びせるが肝心の対戦車砲の位置は把握できておらず、とにかくばら撒いている感じだ。


 対戦車砲の射撃は続きまたも敵戦車を撃破する。


 そして歩兵に射撃の号令が下った。


 「撃て!」


 命令一下、戦車に続き砲撃域を突破してきた帝国兵に向け一斉に射撃を開始した。なんとあの砲弾降り注ぐ中を伏せずに走り抜けてきた。驚嘆すべきその胆力。


 機関銃がその発射レートを存分に発揮して猛烈な弾幕を浴びせかける。ここでようやく帝国兵は匍匐の姿勢になった。銃撃を加えつつ陣地に迫る。


 カールはもうほとんど無我夢中だった。撃ってボルトを動かして再装填しまた撃つ。少し遠く、走っていた帝国兵に当てた。操り人形の糸が切れたみたいにパッタリと地面に伏して動かなくなった。


 機関銃の絶大無比なる火力こそ歩兵分隊、小隊の火力の根幹である。三脚銃架、ラフェッテに固定された機関銃は恐るべき精度を実現した。


 良好な精度の機関銃が毎秒20発で射撃を加える。前進してくる帝国兵に対し機関銃は側面及び斜め方向から射撃できるよう配置されていた。側射と傾射、と呼ばれる配置である。


 機関銃も歩兵も陣地に接近しつつある戦車の付近にいる帝国兵を執拗に狙った。歩戦分離。敵が陣地内にまで侵入してきたならば歩兵の肉薄攻撃によって敵戦車を撃破するが、それには歩兵が邪魔になる。だから散々に射弾を叩き込むことで歩兵と戦車を引き離すのだ。


 帝国兵は陣地にまで到達できず、ただ戦車だけが


 戦意旺盛な帝国兵はそれでも前進するが鉄条網を越えられず、そこで突撃は破砕された。


 鉄条網で足止めされたところを掃射され、破断しようと大型のはさみを使おうと姿勢を高くしたら撃ち抜かれる始末。


 僅かに戦車が鉄条網を踏み越え前進した間隙に潜り込もうにも、結果的には集中した射線に身を晒しただけだった。


 敵戦車が陣地に指呼の距離になると対戦車砲はその射界に捉えることができなくなった。よって歩兵が携帯する対戦車兵器の出番となる。


 横から見ると筒の先端に六角形の物体の付いたものが携帯式対戦車擲弾発射器『ファウスト』。


 射程60mと短いながら装甲貫徹力は200mmに及び、帝国軍のいかなる戦車の正面装甲をも貫通可能。


 本体に付いた安全装置解除を兼ねたの照準器を引き起こし、肩に担ぐか脇に抱える形で照準をつける。


 陣前で一両が複数発を被弾、操縦士を撃ち抜かれ立ち往生した。


 二両は陣内に侵入した。一両が側面からエンジンを撃ち抜かれ炎上し、炎に包まれた乗員が絶叫と共にハッチから飛び出した。


 残りはカールが肉薄攻撃で擱坐かくざさせた。


 分厚い円盤型の対戦車地雷。これの信管を時限にし、戦車の進路上に投げた。カールが爆発を避けるため壕にうずくまって爆発。履帯や転輪を散々に破壊し行動不能に陥らせた。


 けれど戦車内の帝国兵に降伏する意思は無いようだった。砲塔が周り始める。


 カールと戦友は戦車の死角になる側背に接近、戦車によじ登った。


 戦車が主砲と同軸機銃を射撃。1人がその衝撃で振り落とされた。


 砲塔によじ登るとハッチから短機関銃と拳銃を砲塔内にこれでもかと乱射、乗員を黙らせるとカールと数人が手榴弾を投げ込んだ。


 ハッチが爆発で勢いよく開き、うっすらと白煙が立ち上り、そして全く静かになった。


 帝国軍はこの陣地への攻撃で戦車一個中隊12両、歩兵一個大隊およそ800人の大多数が戦死という損害を被った。

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