第10話 無線封止

 カール二等兵がエレンド地域に送られたように大勢の人員、兵器がサルン地域および東のオストル地域に集結している。


 当初、帝国は皇国「現在帝国国境に集結中の部隊は連邦への欺瞞である」との言い訳をあまり疑っていなかった。何やら召集が行われていることも察知していたが、具体的に何を目的にしての召集かまでは判明しなかった。


 しかし帝国国境に続々と国防軍が集結し、防御陣地を構築し、反対に連邦国境付近に集結している部隊はあれど陣地構築がなされていないとなれば考えも変わる。


 帝国首脳部も、可能ならば武力行使に至らない方が好ましいとはしていたが、先述の報に接し侵攻発動の意思を固めた。



 ×××××



 第600航空実験団所属のルフト中尉は再び帝国の空を飛んだ。そして目的地である帝国軍飛行場に変化を認めた。滑走路及び基地の建物が増設され、さらに双発の輸送機多数が駐機している。


 国防軍最高司令部はルフト中尉からの情報を別の情報と結び付けた。当該地域に帝国陸軍空挺師団進出の報。


 増強された一個師団が進出とのことで、ルフト中尉の持ち帰った写真に映る輸送機の数と概ね一致する。


 悪い事は続け様に起こるもので、皇国に近い帝国海軍基地が無線封止状態に入った。無線通信は電波を利用するため誰でも受信することができる。内容を解読できるとは限らないが、複数箇所で受信すれば発信源を解明することはできる。


 そのため自身の所在を秘匿したい時には無線の発信そのものを行わない。例えば戦時、とか。


 当該帝国海軍艦隊は戦艦4、空母4を保有する。連邦との戦争に加わるために無線封止を実施、これから連邦へ向け移動するという可能性は限り無く低い。


 まず帝国も連邦も大陸国家で海軍には力を入れていない。今時戦争も陸軍同士のぶつかり合いで海軍同士の戦闘は現在に至るまで生起していない。


 そうした事情から、仮に有力な艦隊を連邦に差し向けるにしても、他にも艦隊はある。付け加えれば緊張が高まっている皇国と近い艦隊を動かすとは考え難い。


 そして皇国と帝国が戦争に突入した際、この艦隊が目指すのはゼーレーヴェ海峡の遮断だろう。


 皇国の領土は本島と大陸領に分かれており、その間に80kmのゼーレーヴェ海峡が横たわっている。


 面積としてはおおよそ2/3が本島で1/3が大陸領である。


 戦時となれば帝国は皇国の大動脈であるこの海峡の遮断を企図するだろう。


 そしてその実行役と目されていた艦隊が行動の秘匿を始めた。極めて不穏だ。


 同日、国防海軍の潜水艦複数隻が緊急の命令を受領し出航した。魚雷及び砲弾、食料を規定数以上、積めるだけ積んだ。


 通常の哨戒ではない。国防海軍は戦争に突入することを確定視して、ゼーレーヴェ海峡南側に潜水艦による哨戒網を構築するに決した。単なる哨戒網に留まらず、必要であれば撃沈も厭わない。


 乗員は改めて遺書をしたため、頭髪や爪を同梱しておくよう告げられた。潜水艦という特性上、戦死時、死体は海深く沈む。だから家族へ何か残すには髪や爪くらいしかない。


 この日からおよそ一週間後。帝国軍南部軍管区全体が無線封止状態に入り、一切の静寂が同軍管区を覆った。


 国防軍最高司令部は侵攻近しと見て直ちに全軍に最高レベルの警戒警報を発した。


 サルン地域では憲兵隊が街に繰り出し、片っ端から兵隊に帰営を命じた。

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