2章 戦争の時間
第11話 スクランブル
「スクランブル!」
5月12日、AM3:30に国防軍レーダーサイトが皇国領へ向け接近する大編隊を捉えた。反応の大きさから見て爆撃機とその護衛の戦闘機合わせて100機。その規模の編隊が二個。
直ちに
朝ぼらけの空に各地の飛行場から総計80機の迎撃機が上がった。一昨日までに皇国各地から最高司令部によって強力に推進されてきた戦闘機群だ。
クラウ・シュミット軍曹もまた迎撃に参加する要員の1人だ。待機所から滑走路傍の愛機へと駆け寄る。
局地戦闘機『燕』。エンジン出力1800馬力を誇。武装は両翼内に20mm機関砲を一門づつ、機種に13.2mm機銃を二丁、さらにV字型のエンジンの谷間を通るモーターカノンとして20mm機関砲が一門。合計で20mm機関砲三門、13.2mm機銃二丁という同時代の戦闘機と比べて傑出した武装を誇る。
シュミットはコックピットに飛び乗るとペアを組むイェークト少尉に続いて機体を滑走路へ導く。
飛行場では空襲警報が発令されサイレンが鳴り響き、要因が大急ぎで対空砲、機関砲へ駆け配置へ付く。
彼らを傍目にシュミットはエンジン出力を上げ、フラップを離陸位置へ下げると機体を加速させる。さすがの大馬力にエンジンが甲高い音を立て、機体はグングンと前へ前へと引っ張られる。
十分に速度がついたタイミングで機種上げ。滑走路を走っていたことで生じていたガタガタとした振動がふっと消え、機体が宙に浮かんだ。
水冷機に特有の前方投影面積が少ないデザイン。細く引き絞られた胴体に主翼は見る人に鋭い
その見た目に違わない素晴らしい速度性能をもってスラリと上昇していった。
帝国軍編隊は四発爆撃機68機に護衛の戦闘機32機。それを40機の燕が迎撃する。
管制の下、高度7000メートルを飛び無数の飛行機雲を曳く爆撃機編隊に燕は太陽を背に8000メートルから真っ逆さまに襲いかかった。
16機が敵護衛戦闘機にあたり残り24機が爆撃機を叩く。
シュミットの役割は後者。機体は急降下により凄まじい勢いで加速する。敵戦闘機は無視。その奥、黄土色の爆撃機に視線を固定する。
燕の光学照準器は十字線の周囲に環が配置されていて、これを用いて偏差射撃を容易に行うことができる。
その照準環と敵爆撃機の主翼を重ね合わせる。射撃の直前、視界の端でようやく敵戦闘機が自分達の存在に気付いて慌て始めた。
今更シュミットを止めることなどできない。射撃。20mm機関砲三門の咆哮がコックピットに、群青の空に響く。四発に一発の割合で混ぜられた白の曳光弾が空を引き裂いて手繰られるように敵機に吸い込まれた。
着弾とほとんど同時にシュミットの機は敵機の下に突き抜けた。機体を水平に戻し降下の勢いのまま離脱、敵編隊と距離を取る。
コックピット後端が機体と一体化するファストバック式の風防越しに今し方撃った敵爆撃機をうかがう。
左主翼から盛大に火災を起こしていた。燃料タンクが燃えている。機体が左に傾く。胴体の爆弾倉が開き腹に収めていた爆弾を投棄した。任務の続行は不可能と判断してのことだろう。
左主翼が折れた。vの字の様に折れ曲がるとそのまま地上へと落ちていった。
周囲にはいく筋もの黒煙が尾を曳いていた。射撃で燕は爆撃機21機、戦闘機19を一方的に撃墜した。
シュミットはペアのイェークト少尉と再び敵編隊上空に占位すると再度飛行機雲を曳きつつ急降下、爆撃機を攻撃する。
敵機の防護機銃から放たれる赤の曳光弾が視界に入る。随分と下手くそな射撃だ。まるで脅威に感じない。
右上空から水平に斬り捨てる一撃。だが浅かった。ほとんどが敵機の胴体に当たり、薄らと灰色の煙を曳いているもののピンピンしてる。
ええいクソと旋回、敵機の七時下方に占位し照準器の十時線に敵機をピッタリ納めた。狙うは主翼。重厚な装甲を纏っていても主翼に深刻な損傷を生じるとそもそも飛行機として成り立たなくなる。
引き金を絞った。
『馬鹿野郎!後方につくな!』
瞬間、無線からイェークト少尉の怒鳴り声が耳に突き刺さった。
シュミットは思い出す。爆撃機の防護機銃は後方上空に最大限の火力を発揮できる。シュミットが占位しているのは後方下方だが、尾部と機体下方に取り付けられたボールマウント式の銃座の射界に入り込んでいた。
合計四門の12.7mm機銃が
ガンガンと、まるで自分が金属の缶詰に閉じ込められていて、外から思いっ切りハンマーで叩かれたような音がした。
エンジンが黒煙を吹き異常振動を起こした。風防正面を機銃弾が貫き照準器を破砕した。蜘蛛の巣状にひび割れた風防から強風とおそらく冷却用のオイルが流れ込む。
「帰還します!」
吹き出したオイルが風防全面に粘り付き、一部はコックピット内に入り込み、とにかく前方視界を著しく損ねている。照準器も破壊されて戦闘は完全に不可能。損傷がエンジンにも及んでいるから飛行そのものも困難。
帰還以外の選択は採り得なかった。
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