自己犠牲的な指名手配犯

@jori2

第1話

 平成18年、フリーターの濱田直樹は、真昼間からパチンコ店でハンドルを捻っていた。パチンコの画面に3の数字が描かれた亀の図柄が上下に2つに並ぶ。その直後、魚の群れが流れたのを見て、直樹はハンドルのボタンを押して玉を止めた。呼吸するのも止めていた。3の亀が中央に流れてくる。直樹はゴクリと唾を呑みこんだ。しかし、3の亀は画面の外へ流れてしまった。直樹は天を仰ぐ。隣の台に座っている、常連のおばあちゃんが、あー残念やね、と直樹の気持ちを代弁する。気を取り直してハンドルを捻りなおすが、球が出ない。上皿を確認すると、玉が無くなっていた。上皿に玉を補充するため、直樹は財布を取り出し、札のポケットを確認する。しかし、財布の中には札が無かった。直樹は、まずい、と思い、パチンコ店を出て、近所の消費者金融の無人機まで走った。機械にカードを差し込み、借入れの操作をする。しかし、借入れの上限に達していたため、お金を引き出すことはできなかった。直樹は、もう少しで出るはずなのに、と思いつつ、その場を後にした。今日の収支はマイナス5万円、直樹は母親に何と弁解しようかと思いながら、歩いて家を目指す。

 歩いて10分もしたとき、直樹の携帯電話のベルが鳴る。携帯電話を開くと、弟の翔からだった。電話を取ると、しどろもどろな翔の声が聞こえた。

「兄ちゃん、あの、その、星城公園に来て......!はやく!おねがいだから!」

いつも穏やかな翔がパニックになっているのを電話越しに感じて、直樹は少し心配になった。星城公園は直樹がいる場所から近かったので、駆け足で向かった。

 直樹が星城公園に着くと、公園の横の歩道に中年の女性と自転車が横たわっており、そのすぐ横に翔が立っている姿が見えた。直樹は、何か嫌な予感がして、急いで勇樹に近寄って、状況を尋ねる。

「これ何があったんだ。この人誰だよ」

翔は直樹の顔を見ると、少し安心した顔をして、直樹の問いに答える。

「単語帳を読みながら自転車こいでたら、このおばさんとぶつかっちゃって......声かけても目を覚まさなくて......」

翔は直樹に事情を説明した。事故を起こし、意識を取り戻さない女性を見て、パニックになり、兄に電話をかけたのだった。翔はまだ110も119もしていない、と言った。それを聞くと、直樹はすぐに携帯電話を取り出して、119を入力した。しかし、直樹は発信ボタンを押す前に手を止めた。このまま救急車を呼んでしまうと、翔は事故を起こした犯人になる。よそ見をして事故を起こしたことが世間に知られたら、高校生で今年受験を控えている翔がどんな人生を歩むことになるのか、悪い想像しかできなかった。しかし、意識のない女性をこのまま放っておくこともできない。

「翔、お前の携帯電話貸せ」

直樹は、そう言いながら翔の前に右の手のひらを出す。翔は直樹に携帯電話を渡した。直樹は、翔の携帯電話で119を入力して発信ボタンを押す。

「今、星城公園で女の人が自転車で轢かれて、意識が無いんです。すぐに来てください」

状況を救急に説明した直樹は、通話を切る。そしてすぐに、110を入力して発信ボタンを押す。

「今、星城公園の前で、女の人が自転車で轢れて、そのままどこかへ行ってしまったんです。轢いたのは僕の兄で......」

直樹は、翔の振りをして電話で警察に説明し、切った。携帯電話を翔に返すと、直樹は横たわった自転車を起こし、またがった。

「翔、お前はここにいて、警察には兄ちゃんがやったとだけ言え。いいな?」

直樹は厳しい口調で翔に言う。翔は直樹の意図が理解できず、おろおろとしている。直樹は、わかったら返事しろ、とさらに厳しい口調で言った。普段の兄と全く異なる振る舞いに、翔は委縮し小さな声で、わかった、と返事した。直樹はそれを見て、安心させるように翔の頭にポンと手を置く。

「俺に任せとけ」

直樹はそう告げて、翔の姿をじっと見た後、両手で自転車のハンドルを握り、ペダルを踏み込んだ。

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