第2話

 直樹は自転車を一日中こぎ、ひたすら逃げ続けた。翌日の昼、隣町にたどり着いた直樹は、公園のゴミ箱に捨てられた新聞を拾って、事件の状況を確かめた。新聞には、事件について小さく触れられていた。被害者の中年の女性は幸い意識を取り戻し、後遺症もないとのことだった。そして、直樹の思惑通り、翔ではなく直樹に容疑がかけられていた。直樹は、ホッとして、またペダルをこぎ始めた―。


 直樹が弟の翔のひき逃げの容疑からかばい、1週間が過ぎた。自転車に乗って場所を変えながら、直樹は日雇いバイトで金を稼ぎつつ、その日暮らしを続けていた。そんなある日、直樹はパチンコ店の前を通りがかり、自転車のブレーキを引いた。事件からある程度時間が経ち、緊張感が薄れてきた直樹は、”新台入替”の文字から目が離せなかった。直樹は、1000円だけ、と心に決め、パチンコ店の門をくぐった。


 30分後、パチンコ店から出てきた直樹の財布の中身は、5千円札から100円玉5枚に姿を変えていた。”500円あれば、飯は食えるよな”、”明日、日雇いバイトで稼げばいいしな”、といった直樹の無数の言い訳が生んだ惨状だった。直樹は涙目になりながらパチンコ店を後にした。


 直樹は、スーパーの惣菜コーナーで500円の使い道を考えていた。450円の弁当を買おうか、それとも具入りおにぎり3個とお茶を買おうか。そんなことを考えていた時、自分の隣に、どこかの会社の制服を着た20代くらいのOLがいることに気づいた。OLの背には赤ん坊がいて、背負いながら惣菜を選んでいるようだった。OLは、髪の毛がややボサついていたり、目に濃いくまができていたりしていた。直樹は、OLが虚ろな目をして惣菜の前でじっとしている様子が少し気になり、横目でじっと見ていた。しばらく見ていると、OLは惣菜を手に取り、買い物カゴではなく手提げ袋にしまい、そそくさとレジに向かっていった。直樹は、OLの後を追った。直樹は、OLが手提げ袋の中身を会計に出すかどうかを確認したかった。しかし、OLはレジで手提げ袋の中身を明かさなかった。そして、店外へと出てしまった。直樹は、万引きの瞬間を見て呆然とした。赤ん坊がいるのにも関わらず、万引きをするという非常識さに直樹は開いた口が塞がらなかった。ただ、同時にOLの虚ろとした目が頭によぎって、モヤモヤとした。直樹が店外に出ていくOLを見ていると、OLの後ろを追う店員の姿に気づいた。直樹は、OLの万引きが店側にバレていたことに気づいた。まずい、と思ったとたん、直樹の身体は動いていた―。


 店員が早歩きでOLの後をつけ、OLの肩に手をかけようとした瞬間、直樹が全速力で店員とOLの横を通り過ぎた。横切ると同時に、OLは、わっ、という驚きの声を上げた。OLの手から手提げ袋が無くなっていた。直樹がOLの手提げ袋を引っ手繰り、盗み去ったのだ。そして、盗人は駆け抜け、あっという間に姿を消していた。


 それから1時間も経ったころ、直樹はスーパーから出てきたOLの後をつけていた。OLの手提げ袋を盗んだ後、すぐに現場に戻ってきていたのだ。

人気のない場所にOLが入ると、直樹はOLに声を掛けた。

「あの、ちょっといいですか」

OLが直樹のほうに振り向くと、直樹はOLに手提げ袋を見せる。OLは盗まれた手提げ袋を見ると、直樹に警戒した様子を見せる。

「なに......?」

直樹がOLのほうに歩み寄ると、OLが退がるので、直樹は手提げ袋を地面にそっと置いた。

「これ返します。懲りたら、もう万引きなんてやめてもらえますか」

OLはハッとした顔になる。OLは警察や店から、直樹による窃盗についての聞き取りがあった。しかし、直樹が万引きの証拠となる手提げ袋を盗んだことによって、OL自身は罪には問われなかった。OLは直樹のほうに近寄り、地面に置いてある手提げ袋を拾う。

「どうしてかばったんですか......?」

OLは、直樹に尋ねた。

「もし、あなたと離れ離れになったら、その子が悲しむかなと思っただけです」

直樹はOLの背にいる赤ん坊に視線を向けながら、そう言った。OLは直樹の言葉を聞くと、うつむきながら、悲しげに顔を歪ませる。そして、ごめんなさい、とOLは直樹に頭を下げた。その姿を見て、直樹はホッと息を吐く。その直後、ピーポーピーポーと遠くからサイレンが聞こえた。その音を聞くと、直樹はギョッとして、そそくさと自転車にまたがった。

「もし警察に何か聞かれたら、適当言っといてもらえると。それじゃあ!」

直樹はOLに向かって大きな声でそう伝え、OLの前から去っていった。

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