第18話歯車

「ええ感じや。」


月日は刻々と流れる。


椿と出会ってからもう少しで1年は経つだろうか。


スタートこそ苦労したものの、その後は順調に計画を推し進められている現状に清麻呂はニヤリとした。


「悪代官みたいな顔ですね。」


「無表情で言われると胸に来るもんがあるなぁ。笑ってみ、ニコッて!」


「はぁ。さ、帰りますよ。」


何を言うのかと話を流す椿に笑わんのかいとツッコむ清麻呂。


今もまだ街に出て支援やお困り相談を続けている2人は、街の人達からはヒーローのように扱われていた。


そしてその中には”この国を治めるのは一条の次男、清麻呂様だけだ”そう断言する者も。


それは予想していたよりも速いスピードで広がっていき、国の上層部にまで届くほどだった。


「着いたで、椿。」


「そのようですね。…あら?」


「ん?母上?どないしはったんで?」


あぁ疲れた疲れたと自室に戻る清麻呂の前には母が通路を塞いで立っている。


これは自分に用があるようだ。


そう思って母に声をかけるが、母からは嫌な言葉が出てきた。


母「父上があなた達を呼んでいますよ。清麻呂と…桃木千影さん。」


「ーっ。」


どちらかも分からない息を呑む音と母の残念そうな顔。


どういう事だと流れる汗をそのままに、2人は時成の元へ赴いた。



時「よく来た。清麻呂と千影」


「…」


「恐れながら父上、この者は千影やあらへん。椿です。」


時「ほう?そう言う事らしいぞ、桃木の当主」


時成の部屋についてすぐ言われた名前に嫌な舌打ちが出る。


なんとか穏便にと考えたが、時成のすぐ横にいた見知らぬ男が顔を上げ、まじまじと椿を見ていた。


当「いえ、この者は我が桃木家の陰陽師、桃木千影です。」


時「だ、そうだ。なぜそれを黙っていた?」


父の不機嫌な質問がズッシリと清麻呂を責める。


ここで返答を間違ってしまってはこれまでの努力も水の泡…。


なんとかいい言い逃れはないものかと、鼻筋を通って落ちる汗を見つめ考えた。


「…違います。」


時「違う?」


「私は、桃木千影ではありません。一条椿…清麻呂様の使用人にございます。」


当「何を言うか。お前とは当主の座をかけて争ったではないか。まさか敗れて落ちこぼれるとは…一条の長男ならまだしも、次男だど。」


「ーっ。父上、この者は僕の使用人です。他の誰でもない。勘違いされてますで?」


時「…」


焦りが顔に滲み出る清麻呂と、人形のように表情を動かさない椿。


時成ははぁやれやれ。と言ったようにため息をつき、耳をほじった。


当「次男殿、残念ながら調べはついているんだ。」


「調べ?」


当「あぁ。そこの女が桃木千影だって調べさ。生成りの女の時から怪しいと思っていたんだ。」


生成りの…


清麻呂と初めて解決した、あの呪いの女。


嫉妬に狂い友を呪い殺そうとし椿によって地獄に送られたあの女だ。


道理で完璧な作法なはずだ。


手解きをしていたのは桃木だったらしい。


「なぜあのような事を?」


当「ふん。桃木が以前に比べ勢力が落ちているのは知っているだろう。今では安倍家の方が優勢だ。」


「そのようですね。」


当「桃木家の挽回を狙ったのさ。たしかな力があると知れ渡ればまだ回復できた。だから完璧な呪法を教えてやったというのに見事破られてしまってね。」


「…」


当「調べていたら君が出てきた。破られるのも当然だ、かつて桃木の天才陰陽師と呼ばれ右に出るものはいないとまで謳われた君が呪詛返しをしたのだから。」


「…」


忌々しそうに睨み、チッと舌を鳴らす。


その様子に椿は黙りこみ、小さなため息をついた。


「あなたは私に何を望むのですか。」


「椿!?そんなん聞いたらっ」


当「戻ってこい。これは当主の命令だ。お前も桃木の人間ならその力、桃木のために使え。」


まるでゴミでも見るかのように蔑む目。


苛立っているのが伝わってくるほどソワソワと落ち着きがない。


よほど切羽詰まっているのだろう。


だが椿は、少し伏せていた顔を上げハッキリと言った。


「お断りします。私はもう、桃木の人間じゃない。」


当「はぁ?」


「私はあの時、たしかに死にました。あなたが不正をしてその濡れ衣を着せられ桃木を追い出されたあの日。”桃木千影”は終わったんです。」


怒りの籠った目を、真っ直ぐ桃木当主に向ける。


その力強い発言にシーンとその場が静まり返り誰も話さなかった。


「…お引き取り下さい。」


当「っの!!言わせておけば!!」


「私は清麻呂様の使用人です。私の主は、清麻呂様です。」


「椿…」


時「はぁ、頑固な娘だな。だが清麻呂、話はこれだけじゃないぞ。」


「他に話があると?」


時「そうだ。ほれ、捕まえろ」


パンパン!


そう手を鳴らして時成の大きな呼び掛けに、待ってました!と言わんばかりのお役人達がズラッと清麻呂の周りを囲んだ。


「なんですこれ。冗談にしてはキツイわぁ。」


時「冗談?それはお前の計画の事か?」


「ーっ」


時「桃木当主が突き止めた。”国取り”を計画しておったようだな?」


「はてさて…なんの事か。」


時「我が息子ながら恥晒よ。連れて行け」


「清麻呂様!!」


当「諦めろ、あいつは死刑さ。お前は死なせんぞ、桃木のために。」


「なっ!!」


椿!!と呼ぶその声をかき消すように屋敷から連れ出される清麻呂。そして椿は桃木に連れ去られてしまった。


動いていた歯車は止まりそうだー。


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