第12話恐ろしい夜

時間はゆっくりと過ぎて夜。こんな生活から早く解放されたいと逸る気持ちを抑えることができず、清麻呂は自室の中をウロウロを動き回っていた。


「朝はまだかいな…」


「現在深夜1:40。まだですね。」


「ーっ!?!」


ヒュッと鳴る呼吸がどれほど驚いたのかを教えるように一瞬で全ての動きが止まる。


1人でいたと思っていた部屋にはいつぞやのボブショートの女の子が隅の方にちょこんと座っていたのだ。


「いかがされました」


「それは僕のセリフやって!いつからいたん!?」


「清麻呂様がウロウロ回り始めて20分は経ったでしょうか。」


「全っ然気づかんかったっ!!声かけてもええやん!?心臓止まるかと思たで!!」


心臓当たりを押さえて抗議する清麻呂に表情1つ変えない女の子は一言「まぁまぁ。」と言って済ます。


その抑揚のない声に深いため息を吐いてその場に座り込んだ。


「えーと。小春ちゃんやったっけ?」


「小夏です。小春ではありません。」


「ややこしいな。椿に言われてきたんか?」


「私は椿様の式神ですので。この仕事が終われば清麻呂様から花屋の高級ケーキがバイキングできると聞きました。」


「ヘソクリ出さな。恐ろしいわぁ…」


少し涙目になりながらお気に入りの漆塗りの箱をカラリと開ける清麻呂。


その間もピクリとも動かない小夏は小春とは少し違うようだ。


「清麻呂様。これより丑三つ時に入ります。決してこの部屋から出ぬようお願いします。」


「そうなん?もうそんな時間か…何があるんや?」


「獣が…貴方を探しています。とても強い呪詛師がいるのでしょう、今1歩でもこの部屋から出れば獣の呪いにかかり死にます。」


「獣の呪い?なんやそれ。」


「人を呪うために殺された大量の動物達の怨念です。大丈夫、清麻呂様ヘソクリは守りますから。」


「二重音声…」


苦々しい顔で小夏を見ると少し汗ばんでカタカタと震えているのが分かる。


正座の上に乗せている小さい手がギュッと強く固められヒクリとも動かない一文字の口はさらに強く結ばれた。


深夜2:00ー


時計がカチリと鳴り丑三つ時に入った事を報せると同時に、清麻呂にも分かるほどのおどろおどろしい黒い何かがこの部屋に近づいて来るのが分かる。


じんわりと吹き出る汗に思わずゴクリと唾を呑み込めば、小夏から声がかけられた。


「清麻呂様。これより30分、言葉を発してはなりません。できるだけ静かに…気取られぬよう。」


「コクン…」


カチコチ…カチコチ…


これほど時間が長く感じる事があっただろうか。


部屋の周りをウロウロする黒い影達から悲痛な鳴き声が聞こえてくる。


チラリと小夏を見ればこれでもかというほど目を開き集中していた。


それでも少しずつ部屋の襖からねっとりとした黒い煙が流れてきて今までにない不安と恐怖が襲ってくる。


「清麻呂様。気を確かに。」


下に視線を落とせば動物の手のような形をした真っ黒い何かが清麻呂の足を掴もうと伸びていた。


思わずビクリと体を逸らせば、椿から貰っていた扇子から強い桃の香りが漂い辺りは綺麗な空気に包まれだした。


「椿様…。清麻呂様、もう少しです。」


心做しか小夏の表情も険しさがマシになったように思う。


清麻呂はなぜ、椿が扇子を持っていろと忠告してきたのかと納得したのだった。


「(こんな先まで見てるなんてなぁ。さすがやわぁ…)」


時計は相変わらずカチコチと鳴り続ける。


桃の香りに包まれながら切れない緊張に耐えていたが、小夏の座る隅の方からお腹の底から出るような深いため息が聞こえた。


「時間です。もう大丈夫ですよ。」


「ほんまか…?」


「怖がりですね。あなたが死んでは椿様が悲しみます。嘘はつきません。」


「死ぬかと思ったで…」


はぁぁ…と腑抜けた息遣いにグデンと倒れ込む清麻呂。


小夏は隅のから移動しシレッと手を出してきた。


「なんや?この手。」


「お駄賃。」


「お、おぉ…。飴しかあらへんけどええか?」


「チッ。構いませんよ。」


「ハッキリ舌打ちしなんやな…お高いやつやで」


ほいと渡す飴とお高いと聞いて喜ぶ小夏の声。


ちゃっかりしてるなぁと力の抜けた笑顔でから笑いしていた時、コンコンと誰かが襖を叩く。


「誰でしょう」


「下がっとき。僕が出る」


あんな恐ろしい出来事の後にすぐ訪ねてくる人物。それは酷く清麻呂の警戒心を高めた。


そして恐る恐る襖を開けたが、その先にいたのは意外な人物だった。


「遅い時間にすいませんね清麻呂。」


「は…母上?どないしたんですかこんな時間に」


クスクスと上品に笑う色白のまつ毛の長い女性。どこか清麻呂と似た顔をしたこの人は清麻呂の母だ。


意外すぎる人物に清麻呂も呆気にとられてしまった。


「息子が生きているか確認ですよ。…あなたが連れてきた陰陽師、信頼できるのですね。」


「は?え??」


「ふふ。椿ちゃんでしたっけ?あなたの元に返すよう時成様に話しておきますよ。」


ポカーンとした顔で母を見る清麻呂と、野次馬根性丸出しの小夏。


母はソワソワと落ち着かない小夏を見てニコリと笑うと優しく撫でて戻っていってしまった。


「な…なにが起きたんや??」


「よかったですね、椿様帰ってきますよ。」


「なにがなんだかもう分からんわ。とりあえず寝よ。」


一変に色々な事が起こりすぎてぐちゃぐちゃとした思考を止めるようにフラフラと布団を敷く清麻呂。


ようやく落ち着いてポスンと横になれば小夏がモソモソと潜り込んできた。


「戻らんのか?」


「朝まで護衛しろと言われています。お休みなさい。」


「サボる気満々やな。まぁええか、お休み」


すやぁーとすぐ聞こえる寝息に苦笑をもらして目を閉じる。


明日、椿に事情を聞こうと眠りに落ちた。



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