第10話嫌な朝

「なんやて…?」


今朝、いつもなら自分より早く起きて呼びに来る椿がいつまで経っても来ない事を不思議に思って離れを訪ねたが、椿はいなかった。


どこへ行ったのだろうかと行きそうなところをウロウロと探し回っていたが見つからず、途方に暮れていたのだが、スタスタと探していた人物が前から歩いて来きたのだ。


清麻呂は安心して椿に近寄るが、どこか落ち着かない様子の彼女に首をかしげる。何かあったのかと聞いてみれば、返ってきた内容に心臓を鷲掴みにされたような緊張が走った。


ー「時成様から清麻呂様の兄上へ御奉仕するよう仰せつかりました。」ー


一瞬時間が止まったように驚いてしまい、やっと出てきた言葉が冒頭のモノだった。


以前会った時から兄には一切会っていなかったはずなのになぜ今になって…


やっと民衆からも認められてきていたのに、どうにかなかった事にできないかと考えるが焦りからどうにも頭の中がグルグルとしてしまう。


そして眉間に皺を寄せて怖い顔で俯く清麻呂に、椿はその手をとって真剣に話した。


「落ち着いてください、清麻呂様。」


「これが落ち着けるかいな…。親父に直談判でもしてどうにかなかった事に…。」


「そんな事をすれば清麻呂様の地位が危うくなります。」


「言ってる場合やないやろ!?なんだって今になって…そうか、民衆の信頼か!!そろそろ本格的にこの家の”2番目”を決めるんやった、それでか!!」


今、一条家は跡取りになる男児を本格的に決めるために動き出している。


今までで言えば当然、長男にあたる清麻呂の兄がそのまま次の一条当主になる跡取りとして正式に他の政治家達に紹介されるはずだったのだが、現在民衆から人気が高まり注目度が高いのが次男の清麻呂。


一条の次の当主は清麻呂でも問題ないのではないのか。


そんな声が各家から出始めているのだ。


「このままムリヤリ当主にしても他の政治家達の支持を仰げるか分からん。だからボクと椿を離して」


「清麻呂様が注目を浴びないようにし、孤立させる気でしょう。」


「腹立つな。結局横取りやんけ!兄貴にも専属の陰陽師おるんにっ」


「時成様から見れば清麻呂様と私がセットの扱いでしたから。1人では何も出来ないんだぞと見せしめにしたいのでしょう。」


その言葉にチッ!!と盛大に舌打ちをして苛立つ清麻呂を初めて見た椿は少し驚いたように見つめる。


そんな視線にも気づかず親指の爪を噛んではブツクサと何かを呟き続ける清麻呂。


そして少ししてから、ふと思い立ったように口を歪ませた。


「悪い顔ですね。何か思いつきました?」


「上手くいくか分からへんで。やるか?」


「今更怖気ずく事はありません。どのようなものですか?」


「さすが椿や。耳貸し。」


大きい体を少し屈めて、耳を向ける椿にコショコショと小声で耳打ちをする。


その内容に椿は少し苦い顔をし、清麻呂は切羽詰まった汗をタラりと滴らせながら強がりな笑みを浮かべた。


「なんと言いますか…。さすがと言いますかなんと言いますか。」


「2回も言うなや。」


「考えることが姑みたいですね。失敗したらどうするのです?」


「そん時は椿連れてこの屋敷を出る。少し時間はかかるけど、これなら親父は椿を僕に返すはずなんや。こんなんで負けへんで。」


「随分と大胆な..。作戦の限度は考えてくださいね。」


「当たり前や。ちょっと心苦しいけど耐えるんやで。」


いつになく真面目な顔で椿の肩に手を置き、不安そうに告げる清麻呂。


椿はそんな主人に遠い目をしながら深く頭を下げたのだった。


「私は大丈夫です。では行動に移しましょう。」


それから清麻呂が屋敷の使用人に呼ばれ、時成の元へ向かったのはすぐだった。


不安にかられる気持ちに上手く蓋をして、いつものようなヘラッとした笑顔を作り上げ


「行ってくるで。」


と残し1人時成の部屋へ歩いて行った。




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