第9話戻ってきた椿と新しい扇子
1時間、2時間と時計は進んでいく。
あれから清麻呂は約束通り椿と分かれた場所まで戻ってきたが、待っていたのはボブヘアーの着物を着た可愛らしい女の子だけだった。
どこか見たことあるような見た目によく知った雰囲気を纏う女の子に首を傾げつつも声をかける。
「なんや君、迷子か?」
『私は椿様の式神です。清麻呂様を屋敷にお戻しするよう仰せつかりました。』
無機質に返された言葉。
初めて見る式神に驚いて興味津々に見た後にここで待つと意志を伝えたが、式神はありえない腕力で清麻呂をズルズルと引きずりムリヤリ屋敷に連れ戻したのだった。
「えげつないわぁ…ほんっっまえげつないわぁ…。」
『じー。』
「しかも抜け出されへんよう見張っとるし。微動だにせんから怖いんよなぁ。」
はぁー。と深いため息をついて瞬きもしない式神と目を合わせる。
肘をつくのもつかれたのか、清麻呂はグデンと机に上半身を預けた。
「トイレ言うて抜け出そうとしたんについて来よるし。…長いなぁ、椿。」
どんなに独り言を呟こうが式神が返事をする事はない。
その事も重なってかまたため息をついてボンヤリと外に繋がる自身の部屋の襖を見つめた。
それからチクタクチクタクと時計の音だけが響く。さらに何時間かが進んだところで式神の表情に変化が出た。
『!』
「ん?終わったんか?」
『そのようです。』
「そんならよかったわぁ〜。さてと、椿を迎えに…なんや?どいてくれんと部屋を出られんやん。」
『まだです。禊が済んでいません。』
「そのくらいなら近くで待っていてもええやろ?」
『ダメです。浄化されない不浄に憑かれては椿様に迷惑がかかります。』
「うっ。ご主人想いなええ式神なんやね、君。」
しばらく座っていたせいかビリビリする足に力を入れて襖まで歩いていく。そうすれば、すかさず式神が前に立ち塞がり止めてきた。
ヒクリとも笑顔を見せない式神の返答に椿の顔が重なって脳内にチラつく。
きっと絶対通さないんだろうと清麻呂は諦めて元の場所に座り直した。
「(早く戻ってきてくれんかな、椿。)」
◇
カァカァとカラスの鳴く声が夕暮れを報せる。
清麻呂はゲッッソリとした酷い顔で机に突っ伏していた。
「なぁ式神ちゃん。椿まだ戻らへんの?」
『戻りません。』
「なら後どんくらい待てばええんや」
『1時間ほどです。』
「1時間かぁ…1時間?」
グデンと上半身を机に預けたまま、顔だけをパッと上げる。
何時間も正座で動かない式神はコクン。と頷きそれ以降動かなくなった。
さっきまではまだ帰らないとしか言わなかった式神から、初めて違う言葉が出たことに安心した清麻呂だがすぐにまたパタリと顔を伏せた。
「そんでも遠いなぁ。なぁ式神ちゃん、椿帰ってきたら起こしてくれへん?」
『仰せつかっておりません。』
「心ないわぁ…。そんなら羊羹食べへん?いっぱい買うてきてん。」
『それはいただきます。』
「ちゃっかりしてるわぁ。」
はははと疲れきった笑いを出して立ち上がる。その動作に合わせて式神も立ち上がっては襖を開けた。
ーガラ
「わっ。どこか行かれるのですか?清麻呂様」
「椿!?まだ1時間経ってへんで!?」
「なんの事です?」
「なんの事って…あっ、式神ちゃん!?」
『羊羹食べましょう羊羹。』
襖を叩くポーズの椿が驚いた顔で清麻呂を見つめる。
危うくぶつかるところだった清麻呂は驚いて式神を振り返るが、いつの間にか椿の横に立ち直していた。
「小春、またからかいましたね?」
『なんの事か。それより椿様、羊羹があるようですよ。いただきましょう。』
「あ、そうなんですか。じゃぁいただきましょうか。清麻呂様、お願いしていた梅屋の高級羊羹は別でありますよね?」
「主が主なら式神も式神やな。お疲れさん椿、ちゃんと用意してんで。それと、ん。」
「ん?」
スッと出した清麻呂の手を見つめて首を傾げる椿。そしてそのまま握手を返せば清麻呂はガクッと項垂れてしまったのだ。
そして疲れきったため息を腹の底から出し切って持ち直してから聞いた。
「握手やない。僕の扇子や。はよ返し「あぁ、壊れました。」え゛っ。軽ない?」
「呪いの力が強すぎました。なので身代わりに…こちらはその代わりです。」
口をアングリと開けて固まる清麻呂に、サラリと壊れた宣言をした椿はポン。とその手に薄い桐箱を乗せた。
あまりに自然と流れるように渡された清麻呂は一瞬間を置いて、ハッとしたように手の中の箱を見る。
まだ木の香りを感じるとてもよい箱だ、中身も相当の代物なのがうかがえた。
「なんやこれ、めっちゃええもんやん。まるでわらしべ長者やな。」
「言うほどのものではありません。…これは常にお持ちください。夜寝る時も片時も離さぬようお願いしますね。」
「別にええけど。なんかそこまで言われるとおっかないわ。」
パカッと小気味よく開いた箱の中には新品特有の艶やかさが映える黒塗りの扇子が一本。
ウキウキと広げてみれば、やはり少し堅いがこれも次第になんとも思わなくなるだろう。
清麻呂は鼻歌交じりに開いて閉じてを繰り返し、満足したのか閉じた扇子をパンパンと鳴らして部屋を出た。
「羊羹、奮発した甲斐あったわ。さっそく皆で食べようや。」
『やっとですか。早く食べましょう、椿様。』
「奮発してくれていたとは思いませんでした。熱いお茶も必要ですね。」
「えらい浮かれようやな。」
ルンルンしながら清麻呂を追い越して台所へ向かう椿と式神の後ろ姿はとても似ていたそうだ。
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