第5話出会った女

2人が喫茶店で打ち合わせをしてから数日。


街に出て困っている人を探したり噂を聞いて回ってみたりしたが、そうそうタイミングよくそんな人が現れるわけもないもので。


連日連敗のようになにも成果が出ないまま帰宅する事が当たり前になっていった。


「いやぁ〜ほんま。平和やわぁ〜。」


「第一歩から盛大にしくじりましたね。なんならもう捻挫する勢いで足元挫かれています。」


「せやなぁ、作戦変えるか?まだ立てるうちに。」


子供のきゃぁきゃぁとした明るくはしゃぐ声をバックに、2人で並んで街を練り歩く。これはもう最近のルーティンだ。


そんな状況を打破すべく、うーんうーんと清麻呂は首を捻る。


今日もまたなにも出来ないか…?なんて考えを振り払い歩いていればいつの間にか椿が立ち止まっていた。


「椿?なにしとるん。行くで。」


「清麻呂様、こちらのお宅を訪問いたしましょう。」


「なんや?なんかあるんか?」


スッと白く綺麗な指が示すのはどこにでもあるような普通の家。


家の者は出払っているのだろう、シーンと静かな雰囲気だ。


訪ねても誰も出ないだろうと不思議がって椿に近寄るが、当の本人は至って真剣な顔で立ち止まっていた。そんな椿の顔に清麻呂は疑問を持つ事を止め、玄関を叩く。


「…疑わないのですか?」


「なんかあるんやろ?相方信じられへんようじゃこのコンビは終いや。」


「…ありがとうございます。」


「当たり前やで。お、誰かおるんやな。」


椿の質問に真剣な顔で返し少しすれば家の中から床の軋む音が近づいてくる。


人がいたのかと驚く清麻呂だったが、出てきた人物を見て更に驚かされた。


『…どちら様でしょう…』


「うわっ!?なんやその顔!!何があったんや!?」


「失礼ですよ清麻呂様。もし。お尋ねいたします。最近変わった事は?」


『はぁ?』


痩せこけた頬に顔色もすぐれていない。目の下には濃いクマがクッキリと浮かび上がり目も虚ろだ。


出迎えたのは”恐らく”女だった。


彼女の様子に清麻呂は驚き椿は何かの確信を持って話しかけていた。


「申し遅れました。私巫女の椿と申します。こちらのお宅の前を通った際、とても強い瘴気を感じました。そしてあなたのその様子…お話を伺えませんか?」


『ーっ!?み、巫女様、、でしたか。ですが私にはお支払いする金も…』


「金なら気にせんでええで。本人がやりたいって言い出してんのに金なんか取らせんわ。」


『あなたは?』


「僕はこの巫女の主やな。腕はたしかやで、任せてみぃ。」


優しく女の肩に手を置く清麻呂と椿を何度も見比べる女。


次第に目には涙が溜まりその場でワッと泣き出してしまった。


『す、数日前からですっ。家の前に変な人型の木片が置いてあって…わ、私それが気持ち悪くて燃やしてしまったんです!!』


「人型の木片、ですか?」


「なんか分かるか、椿」


「はい。それは恐らく呪術の一環でしょう。何か書いてありませんでしたか?」


『いえ…ただ髪が何本も括り付けられていて…それが今日も落ちていて…』


「髪とまた同じ木片…今日のはまだあります?」


コクン。と震えながら頷いた女はそそくさと家の中に入り、すぐに2人の元へ戻ってきた。


その手の中にはさっきまで話していた気味の悪い木片が握られていて、清麻呂は思わず顔を顰めた。


「なんやこれ。気持ち悪いわぁ。」


「あ、清麻呂様」


「なんや?」


「触らないでくださいね。それ強い念の篭った呪物なので触ると移りますよ。」


瞬間、カラン!と地面に落ちる木片。


既に女から木片を受け取ってしまっていた清麻呂の顔はサァーッと血の気が引いていき、冷や汗をダラダラと流しては顔をヒクつかせていた。


「はよ言わんかい!!触ってもうたやん!?」


「無防備に触れてはなりません。そもそもこのような邪悪なモノ、普通の人なら第六感が働いて触りませんよ?」


「それはなにかいな、僕がアホや言いたいんか。」


「アホだなんてそんな…ただバカだなぁと。」


「悪化しとるやんけ!!それよりはよ払ってぇや!!何が起こるん、これ!!」


ふぅ。とため息をつく椿が近寄り、落ちた木片に触れる。


なんの躊躇いもないその行動にまた清麻呂は慌てさせられ、そんな様子を椿はシレっと流した。


「大丈夫です。私に呪術は効きません。これであなたも清麻呂様も無事になりますよ。」


「そんな事言うて何かあったらどうするんや!!捨ててまい、そんなもん!!」


「ダメです。これほど恨みを込めた依代…その辺に捨てては被害が広がるばかりです。」


『で、ではどうするので?』


「そうですね…。呪詛返し」


「は?」


「呪いを返します。ただし返された方は死ぬでしょうね。いいですか?」


チラッと女を見て確認をする椿。


”死ぬ”と言う言葉に女はビクッと肩を揺らすが、すぐにキュッと目を瞑り『はい』と答えた。


だが清麻呂はそんなやり取りに待ったをかけ、椿を止めたのだ。


「なにも殺さんでも、少しやり返すくらいでええんちゃう?」


「清麻呂様。呪いとは人の心の悪です。」


「?」


「人を呪わば穴二つ。これは相手と自分の墓を用意する為に生まれた言葉。行った時点で自分にも呪いをかけているんです。それを1人分返す…倍になるんですよ。」


「!!」


「こればかりはどうしようもできません。こちらの気持ち次第でその裁量を変えることはできない。その人の悪の心が強ければ強いほど、この呪い返しは強くなる。」


「…そうやな。」


納得したのかそれ以上なにも言わない清麻呂をチラリと見て、また女に向き直る椿。


最後に1つ。と言いにくそうに忠告を入れた。


「誰が死んでも深く悲しまないでください。その悲しみにつけ込まれてあなたもあの世に連れていかれます。」


『え?』


「この呪いをした人は身勝手な理由であなたを呪っています。美しく綺麗だから。だから落ち込まないで下さいね。」


『は…はい。』


「では清麻呂様、1度屋敷に戻りましょう。ここでは呪詛返しをできません。」


「え、それ僕んち持ってくん??嫌やわぁ…」


「私の離れで行いますので大丈夫ですよ。さ、行きましょう。」


えぇっと物凄く嫌な顔する清麻呂を無視して歩きだす椿。


仕方なく清麻呂は距離を置いて帰って行ったのだった。

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