第3話女中と罵声

翌朝。


雀の可愛らしい声に起こされた清麻呂は、大きな欠伸をしながら起き上がった。


「ふぁ〜。昨日夜更かししてもうたから眠いなぁ…」


ゴシゴシと着物の裾で目を擦り、締まらない顔でボヘェと布団の上でしばらく過ごす。


今日は椿を父に紹介する日だ。


見知らぬ者が屋敷にいては警察を呼ばれてしまうだろう。そうなる前に椿を父に合わせ、自分専属の巫女が出来たと話を通しておくつもりなのだ。


「椿は起きてるやろうか…はよう迎えに行ってやらんと…」


カクカク頭を揺らしながら嫌々と気だるい体を動かす。


用事が済んだ後は二度寝でもしようかと考えていれば、部屋の襖を”トントン”と叩かれた。


「なんや?こんな朝っぱらから。」


「起きてたんですね、清麻呂様。」


「椿?よう僕の部屋が分かったなぁ?」


まだ冴えない脳をフル回転して、カラリと静かに襖を開ける。


そうすれば意外な声の主が正座をして待ち構えていた。


「昨夜あなたには式神を飛ばしてあります。攫われても居場所を突き止められますよ。」


「準備のええこっちゃ。にしても早起きやな?よう眠れ…なかったんは理解したわ。」


バチッと目の合った椿の顔は疲れています。を隠しきれていない。


目の下にはクッキリ隈ができ、顔色もよくはないからだ。どこからどう見ても眠れなかったのは一目瞭然だ。


「現当主、一条時成様に会うとの事で緊張してしまいました。時成様のご予定もございましょう、清麻呂様。早く身支度なさって下さい。」


「厳しいなぁ。」


さぁ早く。と急かす椿に眉も口角も下げめんどくさいと呟きながら襖を閉める。


ゆっくりとした動きで直衣に着替え髪を結び、烏帽子を着けたら一段落。


ここから鏡の前に置いた赤いインクを小指に乗せ、ポンと目尻におけばトレードマークの完成だ。


「うんうん!今日の僕は一段とええ出来上がりや!」


『あなたは何処の野良かしら』


「なんや?」


調子の良さそうな肌に満足して、さて椿を呼ぼうと腰を浮かせた清麻呂の耳に警戒心と不機嫌を混ぜたような嫌味な声が聞こえてくる。


襖のすぐ向こう側で聞こえるから椿が何か言われているのだろう。


聞き馴染みのない数名の声があれやこれやと言いたい放題に侮辱の言葉を並べていた。


ーガラリー


「よう僕の部屋の前でそない汚い言葉使えるな。」


『清麻呂様!?起きていらしたので?』


「とっくに起きとるわ。今日はメイク乗りもよくて気分よく父上に会えると思っとったんに。台無しやないかい。」


たまらず襖を開け見たその先には、女中が3人ほどで頭を下げる椿の前に仁王立ちで見下していた。


どれも見た事ない女達に「新入りか」と納得し、無言で頭を下げたままの椿を見やる。


長い髪のおかげで顔は見えていないが、この様子にムカムカと苛立ちを隠しきれない。


こんな卑怯な奴が一条の屋敷にいる事に、清麻呂は盛大に顔を顰めた。


『申し訳ありません、この者がここで正座をし動かなかったもので通行の妨げだと叱っていたところでございます。』


「通行の妨げ?そもそもなんで君らが勝手にここの廊下通っとんねん。ここは女中でもオバアしか通行を許可してへんで。何様や?」


『そ、その…ふ、不審な娘が目に入りましたので。』


ジロリ。とまるでゴミでも見下すような目つきで椿を睨む女中。


その顔にますます嫌悪感を抱き、サッと土下座をしたままの椿の前に立ち塞がった。


「僕からしたら君らの方が怪しいけどな?この子は昨日、僕が拾ってきた巫女や。妖に喰われそうだったところを助けてくれた恩人やで。」


『さ、左様でございましたか。でしたら私たちは仕事に戻らせていただきます。』


「ちょいまち。まさかあれだけの暴言を吐いとってなんにも言わんつもりやないよな?僕の恩人に。」


ビクリと止まる女中3人に、お気に入りの扇子を広げ口元を隠す清麻呂。


怒りで酷く歪めたその口は隠せているが、射殺さんばかりの鋭い目つきに、先程までの勢いもなくなり女中3人は素早く土下座を返した。


『大変申しわけございませんでした!!』


「ふん。これから僕らは父上にご挨拶に行くんや。はよいね。」


『は、はい!!』


「…。」


バタバタ慌ただしく去っていく女中の足音がなくなるまで頭を下げ続けている椿。


シン…と静かになった頃、清麻呂は少し長めのため息を吐いて椿に向かいなおった。


「もうええで。よう耐えたな?あんっな汚く罵られて。」


「私は陰陽師として育てられた身です。人を呪う心、過度に憎む心を持ってはならぬ。と教えられてきました。」


「なるほどなぁ。そりゃ君ほどの陰陽師がそない気持ちに支配されれば最凶の呪術師が完成してまうな。元・陰陽師やけど。」


感心の声に目を閉じ、気を落ち着かせたままの椿が顔を上げた。


そしてゆっくりと目を開き清麻呂と目を合わせれば少し不思議そうな顔だ。


「1つ、よいでしょうか。」


「なんや?」


「なぜ清麻呂様があのようにお怒りになられたので?」


「はぁー?アホやなぁ。僕の大切な人が侮辱されればそら怒るわ。」


「大切な人?」


「そや。首落とされる瞬間もお供するんやろ?そら大事な相棒やん。」


さっきまでと打って変わってニコニコ笑顔の清麻呂に、不意をつかれた椿は気が抜けたようだ。


ふぅ。と小さな息を吐いて再び清麻呂を見た。


「お口が上手な相棒ですね。昨夜は私が助けられた身ですよ?」


「ええ嘘やったろ?父上になんて言うか考えてたけど、これでええやんな。ほな行こうか、時間ばかりがなくなってまう。」


よっこいしょなんて年寄り臭い一言の後になんの躊躇いもなく出された右手を、やはり躊躇いなく取る。


一条時成の元へお目通しだ。







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