第31話 良いセンスしてると思うけどな

「ボク、空手やってるんです! でも……最近はなんか勝てなくて……それで調べたら……ユニコ君って知ってますか!?」

「……知ってるよ」


 カットを始めながらテンション高く楽しそうに声を出す小吉君との会話に応じる。

 二転三転、話の流れが切り替わる会話は言葉をまとめる事が未熟な小学生に良くある言い回しだ。

 あたしは余計な事を考えず“美容師”と“お客さん”として対等に話す。


「ユニコ君って凄く強いらしいんです! ヤクザとか普通に倒すって! ボク……次の大会は絶対に負けられなくて……だからユニコ君に弟子入りに行ったんです!」

「……なれたの?」

「ダメでした……理由を聞いても“ユニユニ”しか言わなくて……」


 あの着ぐるみの中の人、徹底してるなぁ。


「でも! 近くにいた背の高い日焼けした女の人が教えてくれたんです! 髪が長すぎるから切ったらよく見えるよ、って言ってるって!」


 それは、そう。小吉君は前髪は元より、後ろ髪までもっさり伸びている。


「だから、色々とスマホで床屋さん探したんです! そしたら……サンゴさんを見つけました!」

「……あたし、目立ってた?」

「はい! あ、でも……その髪色、前に家のアルバムで見たことがあったんです!」

「……………アルバム?」

「はい! 凄く古い写真で、お父さんと知らない女の人が写ってました! お父さんにソレを持って行って、誰? って聞いても教えてくれませんでしたけど」

「……そのアルバムはどうしたの?」

「お父さんが持っていきました! もう一度見たいのに……」

「…………」

「それで、床屋さんを調べてたらサンゴさんが全く同じ髪色だったんで、ここに来たんです!」

「……そうなんだ。ありがとね」






「……これでどう?」

「うわ……凄くすーすーする! 頭が軽いっ!」


 小吉君の髪型はボブカットにして、前髪は少しだけ長めに残した。


「前髪が……」

「……小吉君は狭い視界に馴れてるでしょ? 急に開けると……少しびっくりすると思って。切る?」

「いいえ! これで良いです! ありがとうございます!」

「……どういたしまして」


 あたしは、シャワーの用意をして椅子を回転させると、席を倒して小吉君を仰向けにする。


「あ、その……サンゴさん」

「……どうしたの?」

「その……ボクもその髪色にしてくれませんか?」


 その言葉にシャワーの温度を調整する手が止まった。


「……何で?」

「凄く、カッコいいからです!」


“バカ、お前見る目がねぇぞ。今の滅茶苦茶カッコいいだろうが”


「……小吉君も……コハクさんと同じことを言うんだね」

「コハクさん?」

「……染めるのはダメ」

「え!? お金なら……お小遣い貯めて払います!」

「……そうじゃなくて……髪を染めるのは頭皮にダメージがあるの。小吉君はまだ幼いから……禿げるよ?」

「禿げる……教頭先生みたいに!?」

「……うん。教頭先生みたいに」


 教頭先生ごめんなさい。


「それは嫌です!」

「……じゃあ、シャンプーだけね」

「わかりました!」


 小吉君は泡が目に入らない様にギュッと閉じる。あたしは、閉じた眼の上にタオルをかけてあげると、髪を洗い、トリートメントで丁寧に髪質を保護してあげた。

 洗い終わると、水滴が溢れない程度に拭いて、ドライヤーで乾かす。


「サンゴさん」

「……なに? やっぱり、前髪切ってほしい?」

「違います! 今週の日曜日……大会があるんで見に来て貰えませんか!?」

「……なんで、あたしを?」


 一瞬だけドライヤーの手が止まる。


「なんか……サンゴさんと話してると凄く安心出来るんです! いつもお父さんとお母さんは仕事で家に居ないから……」

「……そうなんだ」

「それに! サンゴさん格好いいですから! ミラちゃんに馬鹿にされません!」

「……ミラちゃん?」

「同級生でボクの事、バカとかチビとかザコとか言ってくるんですよ! ミラちゃんも身長とテストの点数は同じくらいなのに! 組手じゃまだ勝てませんけど!」

「……そうなんだ」

「それでいつも試合の時、“あんたいつも誰も応援に来てないからわたしが応援してあげるわ! 感謝しなさいチビ吉”って言うんです! ひどくないですか!?」

「……酷いね」


 あたしはそう言いつつもミラちゃんの心情が丸解りで、ちょっとクスっと来た。

 ドライヤーを止めて片付ける。


「だから、サンゴさんならミラちゃん何も言わないと思うんです! だから、応援に来てくれませんか!?」


 小吉君は、両親が構ってくれなくて少しだけ寂しそうにしている男の子。けど……色んな人から愛されて支えられて進んでいる。

 そうでなければ、ここまで純粋な眼を持てるハズがない。あたしとは……


「…………」


 あたしは即答できなかった。小吉君から向けられる気持ちも、あたしの心にある気持ちは恐らく真逆。

 この出会いは……凄く意地悪に思える。


「……あたしは――」


 その時、扉鐘が鳴り、他の客の来店を告げた。

 どうもー、お子さんお預かりしてますー、と店長が対応しているのは男性――


「お父さん!」

「小吉……部活をサボってると聞い――」


 あたしは男性と眼が合う。男性の驚いた視線に、あたしはいつもと変わらない視線を合わせた。


「……小吉君、カットは終わり。良いよ、もう帰って」

「ありがとうございます、サンゴさん! あの……応援は――」

「小吉、外に出てなさい。お父さんは店員さんにお金を払うから」

「ボクのお小遣いから出す!」

「いいから。外に出てなさい。部活をサボった件はお父さん、怒ってるからな」


 小吉君は、“怒ってる”と言うワードにビクッと反応して、はーい……と出て言った。


「元気なお子さんですね」

「親心子知らずですよ。髪を切って頂いたみたいで、おいくらですか?」

「そうですね……いくらになる?」


 男性と話していた店長は、髪の毛を掃除していたあたしに聞いてくる。


「……結構です」


 あたしは、男性を見ずにそう言った。


「担当した者がそう言っているみたいですので、代金は不要です」

「……そうですか。息子がお世話になりました」


 それだけを言い、男性も『プリズム』を後にした。






「…………」

「ずっと悩んでるな。どうした?」


 その日の夜。帰宅を出迎えたあたしは彼の鞄を受け取ると、彼はあたしの様子を察して、そう聞いてくる。


「…………」

「言いたくなったらで良いぞ」

「……弟が店に来たの」


 クローゼット部屋に移動する彼に着いて行く形であたしは会話を続けた。


「弟って言うと……サンゴの父親と再婚相手の子供か?」

「……うん。あの人が迎えに来たから、間違いない」

「詳しい経緯を聞かせてくれ」


 あたしは、彼に小吉君との事を全て話した。


「お前はどうしたい?」

「……あたしは……もう関わらなくて良いかなって……思ってる」

「親は親。子は子だ。オレは小吉君は良いセンスしてると思うけどな」


“凄く、カッコいいからです!”


「…………」

「オレは日曜日の昼は仕事になった。スケートリベンジは夕方からになる」

「……うん。わかった」

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