第32話 ……小吉君は小吉君だよね

 『全日本空手道選手権“神島杯”』。

 そう看板の掲げられた総合体育館では、11月から12月頭までの日程で日本全国から各々の世代のトップを決める戦いが行われていた。


 小学の部、団体部門、個人部門。

 中学の部、団体部門、個人部門。

 高校の部、団体部門、個人部門。

 社会人の部(大学生込み)、団体部門、個人部門。

 ※女子の部は中学生から


 各週の日曜日に行われ、参加団体が多い世代は土曜日から試合が行われる。

 参加する団体は公立、私立の学生達に加えて、他の道場やクラブチームなどからもやってくる。特に、小学の部は6歳から12歳までと幅広く、個人の部での最強は11か12歳が多かった。

 その為、神島杯の賞状を受け取ると言うことは、その世代に置いて最強である証であっり空手史に残る名誉でもある。


 当然、テレビ中継もされ、ニュースにも取り上げられる程の一大イベント。

 世代の“最強”を見ようと直接、総合体育館に足を運ぶ者達も多く、語り継がれるドラマが毎年生まれる程のお祭り騒ぎだった。






「ふー、緊張するなぁ」


 神島杯、初週『小学の部 団体部門』。

 小吉は一乃下小学校の空手部のレギュラーであり、団体部門と個人部門に出る。

 現在は9歳。去年、神島杯に参加した経験もあるものの、この場で緊張しない者は誰一人と居ないだろう。


「ウチらはDブロックの一回戦だ。全員、普段の練習通りにやればいい」


 顧問の緒方教頭先生は髪の毛が全く無いスキンヘッドの初老だった。


「それでも緊張するなら、相手を人だと思うな。毎日ノルマの正拳突きをする“マカロニ君”だと思え」


 相手を学校の武道館横にある正拳突き用に藁を巻いた設置丸太――“マカロニ君”に見立てる様に告げる。

 緊張は普段の実力を六割近く閉じ込めると知っている故の助言だった。


「レギュラーを発表する。先鋒は大空、次鋒は陸生、中堅は朝田、副将は夕張、大将は夜神だ」


 緒方先生が前もって伝えてたレギュラーを改めて場の全員を読み上げた。


「一番年下の夜神が大将だが一番強いからじゃない。先輩なら後輩に勝敗を委ねる様な事にはするな。全てを白星で勝ち上がる気概で行け」

「「「「はい!!!!!」」」」

「先生!」

「何だ? 夜神」

「トイレに行って来て良いですか!」

「ダッシュで行け!」






「…………」


 小吉はトイレではなく更衣室に行き、自分のバックからスマホを取り出す。


小吉『試合頑張るよ』

夜神(父)『頑張りなさい』

夜神(母)『怪我に気をつけなさい』


「…………うん。頑張る」


 仕事で忙しい両親は今日も試合を見に来れない。そもそも、送り迎え以外で小吉が空手をやっている姿を見たこともなかった。

 小吉はスマホをバックに戻すと更衣室を後にする。


「随分と余裕ね、チビ吉」

「……ミラちゃん」


 更衣室を出た所で、壁に背を預けて待ち構えていた幼馴染みの姫野鏡ひめの かがみは小吉を皮肉めいて、はん、と笑う。

 ちなみに呼び名は、鏡→ミラー(英語)→ミラである。

 ミラは少し息が上がっているのだが、それは客席から見ていた小吉が消えた事で探し回っていた事によるのは本人だけの秘密である。


「髪の毛を切って少しはカッコよ――マシになったからって天狗にならない事ね。あんた、未だにあたしにも勝てないのに、こんな所で余裕してる暇は無いでしょ」

「だってミラちゃん……部活じゃなくて道場行ってるじゃん。じっさまにもボクよりも早く会ってたし……」

「あたしはカズお姉さまに憧れてるだけよ! 雫姉さんの様に可憐で、カズお姉さまみたいに強く生きる……目標の無いあんたとは志が違うの!」

「……目標……ボクにもあるよ」

「へぇ、チビ吉の癖に。言って見なさいよ。聞いてあげるから」

「ミラちゃんに勝つ事だよ!」

「……ふぇ?」


 迫真で告げる小吉に思わずミラは腑抜けた声が出た。


「ミラちゃんよりもボクは弱いから……弱い人の言葉は強い人には届かない……だから……ボクがミラちゃんよりも強くなったら――」

「つ、強くなったら……?」

「今まで言われた事を全部言い返すからね! チビチビ言ってさー! 身長は5センチしか変わらないのに! もー!」


 純粋に溜まった鬱憤を晴らす事だけを考えていた。


「……そ、そうね! せいぜい、あたしに文句言えるように強く成りなさい! あたしも応援くらいはしてあげるわ!」

「次の公園の決闘でじっさまの前で絶対に一本取るからね!」

「ふ、ふん! さっさと行って、あたしよりも弱い奴らをぶっ飛ばして来なさい!」

「うん!」


 そんな小さな想いが向けられている事に気づかない小吉と、ドキドキしながら顔を背けるミラ。

 そんな二人の尊き様子を通りがかった人は、ドラマ生まれてるー、可愛いー、と邪魔しない様に微笑ましく見届けていた。






「…………」


 あたしは帽子を目深に被って総合体育館にやってきた。収容人数15000人と言う、国内最大の屋内運動施設である。


 『全日本空手道選手権“神島杯”』

 そう書かれた垂れ幕が見上げる程に高い屋上から垂れ下がっており、遠目からでもアピールしていたので近くまで来ればすぐに解った。

 当然だが、人の流れが多い。全て選手の身内だろう。中にはテレビ局の車や、生放送のレポートをしている様も見える。

 警備の人や、交通整理を忙しくしている人も居るなど、完全にお祭り状態だった。


「……広……」


 取りあえず、見取図を見ると施設内はシンプルに『客席』『競技場』『選手更衣室』の三つ。だが、規模が桁違いでこの中で小吉君を見つけるのは難しいかもしれない。


「……学校名くらいは……聞いておけば良かったなぁ」


 悩んだ末に、あたしは小吉君を応援する事を選んだ。理由は……あの子は“あの人”と“義母”とは違うと感じたからである。

 まだドロついた人間関係を知らないだけかもしれない。でも、


 “凄く、カッコいいからです!”


「……小吉君は小吉君だよね」


 “あの人”と“義母”の息子だからと言って偏見を持ち、拒絶する事は、人を一方的に否定する“あの人”同じだ。


「……流石に……広すぎる……」


 階段を登って客席に上がると、その広さを更に実感する。加えて――


「……ヘルメットとグローブ着けるんだ……」


 選手は皆、顔をガードするヘルメットとグローブの着用が義務らしい。スポーツとは言え、殴り合いをするのだから当然だ。


 小吉君の髪は自分がカットしたので上から見下ろせば解るのだが、試合が始まればより小吉君を見つけ出す事が不可能になる。

 まだ試合前だし、少し客席をぐるって回って小吉君を捜してみよう。


「…………無理か……」 


 ぐるっとしていると試合が始まってしまった。広い競技場を四面に分けて一気に組み合わせが進むらしい。仕方無しに近くの席に座る。


「…………」


 “有効!”

 “技あり!”


 などと、審判の人が判定し、点数が入るのだがいまいちルールが解らない。調べようとスマホを取り出すと、


「ルールが解らんのか?」


 隣に座るハットを被った老人が試合に視線を向けたまま話しかけてきた。

 話しかけられるまで、その気配を全く気づかなかった。


「調べても理解するまでの間に試合は終わる。隣でスマホをいじられるとワシも落ち着かん。良ければ解説しようか?」


 その口調は目下に対する教授を行う事に深い経験を感じさせるモノだった。あたしは、スマホで調べる事を無粋に感じ、仕舞う。


「…………お願いします」

「ワシは神島譲治かみしま じょうじだ」

「……夜神珊瑚です」

「ワシの事は、ジョー、または、じっさま、と呼んでくれ」

「……ジョーさん……で良いですか?」

「うむ。夜神と言うことは……小吉の親族か?」


 偶然なのか、ジョーさんは小吉君の事を知っていた。


「……親族……」

「ワケ有りか。まぁ、深くは聞かん」

「……ジョーさんは小吉君とどんな?」

「成り行きで喧嘩を仲裁した。以降は決闘の審判をやらされとる」


 ジョーさんは楽しそうにそう言った。


「……喧嘩」


 小吉君が喧嘩の相手は……ミラちゃんかな?


「小吉と喧嘩相手には少しだけ心構えを手解きしたのでな。形になっとるか見に来たのだ。ちょうど目の前に居るぞ」


 と、ジョーさんが視線を向けると、小吉君がヘルメットを着けて、押忍! と一礼すると対戦相手と向かい合う。

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