第18話 貴重な“経験”だったわ

「あー、救急車は大丈夫ですんで」


 オレは会社に連絡し岸沢は本日は早退にしてもらった。そして、出先から連れ帰る事にした。

 抱えて呼んでくれていたタクシーまで行くと、お礼を言いつつオレも乗る。


「岸沢。お前ん家どこだ?」

「……△△県……□□市……✕✕町……」

「そこにお願いします」

「あいよ」


 県名から言うところが岸沢らしいな。

 運転手さんと、彼女かい? 同僚です。等と話していると、


「…………朝比奈?」

「起きたか? 今、お前ん家に向かってる」

「……そう。風邪薬飲んだら……一時間仮眠して……仕事に戻るわ」

「寝てろ」


 そんなこんなで岸沢のマンションに到着。セキュリティがドアノブしかないオレのアパートよりも綺麗な分譲マンションだ。


『住民ノ方ハ、コードヲドウゾ』

「岸沢、何番だ?」

「6……2……5……8。八階の811号室……」


 ポチポチとボタンを押して目の前のガラス扉を開ける。内部に入るとそのままエレベーターに乗って八階へ。

 廊下を通って811の部屋の前にたどり着く。


「鍵穴がねぇな……」

「鍵を近づけて……」


 ピピピ、カチッ、と音を立ててロックが外れた。最近のマンションはハイテクだな。

 扉を開けて、荷物を入れて岸沢を抱えて室内へ。うむ。岸沢の部屋だ。あらゆる物がキッチリ片付けてある。

 しかし、ベッドだけは少し乱れていた。飛び起きて、即座に着替えて出てきたらしい。

 オレは岸沢をベッドに降ろす。スーツを着たままだが、脱がすなんて真似は流石に出来ん。


「……朝比奈」

「着替えさせろとか言うなよ」

「……違うわ……ありがと……」

「気にすんな。一緒の仕事をしてる仲だろ? 終わったら飲みにでも行こうぜ」

「……そうね……風邪……治さないと……」


 そのまま眠ったので、熱冷シートだけを変えて、岸沢のスマホの電源を切ると部屋を後にした。


 その後は出先に戻って継続稼働を確認。想定している条件による信号も試験的に発動し、全てを正常に確認すると午後には帰社した。

 次の仕事の触りだけをやっていると夕方頃に岸沢から電話が入る。


『やってくれたわね』

「起きたか」


 どうやら電源を切ってた事に気づいた様だ。


「電話が鳴ったら絶対に起きるだろ?」

『……当たり前よ』

「アレから連絡もないし、問題ない。ほぼ完了だ」

『……油断は出来ないわ』

「岸沢は油断せずに風邪を治せ」

『……でも』

「隣で一緒に働いててオレは役不足か?」

『……そんな事は無いわ』

「じゃあ任せろ。二人一組はカバーする為に一緒に仕事してんだからよ」

『……そうね。お願い』

「ちゃんと寝てろよ」


 何故、岸沢がこれ程にこの仕事に執着していたのか。その理由が解るのは二日後に風邪が治った岸沢が出社した日だった。

 資料を纏めて部長に報告する。


「ああ、そこに置いててくれ。後で確認する」


 部長は電話を片手にそれだけを淡白に言うと、オレらは『新設発電所計画』の纏めた報告書を置いて、この件は終った。

 オレは肩透かしを食らった気分で自分の席に座る。


「休日返上して、毎日深夜まで残ってやったのに、会社じゃその他大勢の仕事扱いか」


 この会社には仕事に対する誇りなんて無い。質よりも量を捌くのが基準なのだと改めて理解した。


「そうかも知れないわね。でも、私達が対応しなければ『発電所』の稼働は何ヵ月も遅れてたかもしれない」


 隣の席に座る岸沢がそんな事を言う。満足そうな表情はオレには縁が無さそうなモノだ。

 

「まぁ……二人一組で仕事をするのも悪く無かったな。ドタドタしたけど、カバーし合えるって解ってるだけで心の持ち様が変わってくるしな」

「そうね。貴重な“経験”だったわ」


 今回は結構な無理難題でもあった故に二人一組が許されたのだろう。

 しかし、一人一人の生産性を考えると、この形は非効率だ。今後は余程の事が無い限りはペアで仕事をする事は無いだろう。


「朝比奈、今日は飲みに行くでしょ? 珍しく定時で帰れるし、明日は休みだし」

「そういや、そうだったな」


 休日返上で働いていた事もあって今日は定時、明日は休み。今夜はペア解散飲み会だな。


「どうせなら私の家で飲まない?」

「良いのか?」

「構わないわ。一緒に仕事しててキミは無害だって解ったし」

「ははは。そうかよ」


 風邪の時に連れて帰った時をそう認識するのは実に岸沢らしいと思った。





 てなワケで、ペア解散飲み会は岸沢宅で行われる事に。料理は岸沢がやって、酒類はオレが買って持っていく。

 一旦家に帰って、スーツを着替えてから酒類を片手に岸沢の部屋のインターホンを鳴らす。


「いらっしゃい」

「取りあえず1ダース買ってきたぞ」


 私服の岸沢に出迎えられて、既にテーブルに並べられている料理に、相変わらずだと笑いつつ飲み会が開始した。


 今回の仕事の内容を中心に、テレビで流れる『二週間後に新設発電所稼働』のニュースを染々に受け取りつつ良い感じに酒が進む。

 今回の件で互いをカバーし合ったからか、岸沢との飲み会は意外と会話が途切れる事は無かった。


「朝比奈は何で今の会社を選んだの?」

「他にしがみつける場所が無かったんでな。オレとしては岸沢がこの会社にいる方が意外なんだが」

「必要な“経験”が欲しかったのよ。今もまだ、足りないわ」

「それ以上にスペック上げて、どこを目指してんだよ」

「総理大臣の隣」


 平然とそう言う岸沢にオレは少し呆けてしまった。そして聞き間違いかと思い、聞き返す。


「総理大臣? 冗談……言わない性格だよな?」

「ええ。冗談じゃないわ」


 すると、テレビは国会のニュースへと切り替わる。


『政府内の裏金問題を火防代表が糾弾!?』


 と言うテロップの下、何かと過激な動きが多い事で知られる国会議員がフラッシュの中、記者のインタビューに答えているシーンが映る。


『火防代表! 今回の件は国会がかなり揺らぐモノとなりましたが!?』

『あの糾弾は真実なのですか!?』

『我々、国政を担う者たちは国民の税金によって支えられている。ソレを私利私欲に使う行為は詐欺師と何ら変わりがない。長らく低迷したツケを払う時期に入っとる。税金は国民の血であり、その一滴も無駄にするワケにはいかん』


 火防議員は強面のヤクザみたいな凄みのある今までに無い政治家だった。俗に言う鷹派。その勢いは森総理にも正面から噛みつく程で、その勢いは収まる所を見たことがない。

 国民の不満を代弁してくれる存在として支持は高く、他からは口出し出来ない程の勢力となっているとか。


「こりゃ、他に汚職してる奴らビクついてるだろな」


 ま、一国民からすれば物価問題や消費税が緩くなってくれると嬉いんだがな。


「彼は少しでも世の中が良くなる様に動いてる。それは誰にも持てない“使命”なのだと私は感じているわ」


 そうやって、画面の向こう側に映る火防議員を見る岸沢の眼はいつにも増して真剣だった。


「岸沢。お前、最初から会社を辞めるつもりで入っただろ?」

「必要な“経験”を積んだらね」


 何の経験なのやら。オレはビールを飲みつつ、料理を口に運ぶ。普通に旨い。ビールにも合うし、後で作り方を教えてもらうか。


「今回の『発電所』の案件。私一人じゃどうする事も出来なかったわ」

「あぁ、気になってたんだよ。何でこの案件にそこまで執着したんだ?」

「私も、この国を想う人間の一人だからよ」


 少しでも世の中を良くしたい。岸沢の眼はそう言っている様だった。


「じゃあ何でオレを選んだんだ?」


 消去法にしては入社半年のオレを選ぶにはかなりの賭けだっただろう。


「同等の立場で支え合わないと、達成できない案件だと思ったのよ」

「オレが仕事が出来ないヤツだったらどうしたんだよ」


 今回の件は納期の関係から、かなり詰め込んだスケジュールとなった。岸沢を支えられるだけの技量が無かったら逆に足を引っ張ってた可能性も高い。


「しがみつく様な人は嫌でも解るもの。キミは今の生活を必死に維持しようとしていた。必死な人間は絶対に手を抜かないから」

「…………そいつはお門違いだ。オレは岸沢が思ってるような――」


“ありがとう――”

“ま、待ってくれ! 頼む!”


「ヤツじゃない」


 頭痛に額を抑える。その痛みはオレの中ではまだ何も終っていない事を思い出させる。


「それじゃ、私と契約しましょう」

「契約?」

「ええ。キミが自分らしく生きられると思える時まで私はキミを“利用”する」

「……それって……本人の前で堂々と言って良いのか?」

「キミなら受け入れられると思ってるからよ」

「大した考えだな。全くよ……」


 まぁ、岸沢らしいな。


「それで、オレをどう“利用”するんだ?」

「私は必要な“経験”を積んだら会社を去るわ。その内の一つとして――」


 岸沢は元々用意していたのか、避妊具をテーブルの上に置いた。


「私とセックスしてくれるかしら?」

「…………冗談は――」

「言わない」


 義務みたいに言いやがって……

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