3章 社畜の同僚の話

第17話 もし、キミの望む形になったら

「先輩ー? 生きてますー?」

「あぁ……なんとかな……」


 昨日、右代宮とサンゴとの戦争を死なずに乗り切ったオレだったが、疲れは今日まで尾を引いていた。

 それでも仕事となると別のスイッチが入るのが社畜である。積みに積み重なる仕事の山を前に身体と脳ミソは疲れを廃した様に勝手に動くのだ。

 その分、終わった後の燃え尽き症候群インターバルが相当長くなってしまうのだが……


「帰ったら……ビスケットを吸うわ」

「あ、いいなー」

「朝比奈、ちょっと良い?」


 灰色に成りかけていると同僚の岸沢が話しかけてきた。

 岸沢もオレ達と同じくらいの量の仕事を抱えているのだが、いつもは基本的には21時には帰る。それでいて納期も普通に間に合うのだから基本はソロだ。


「どうした?」

「この仕様、前にキミがやってた作業に近いパターンだと思うの。少し意見が欲しいわ」

「ああ、ちょっと待てよ…………コレはアレだな。基礎回路がおかしいヤツだ。昔は良かったが最新の製品と繋ぐと、この条件が不具合を起こすんだよ」

「ありがと」


 必要な情報を得た岸沢は自分の席に戻り、仕様書を片手に作業を再開する。

 まだ帰る目処が立ってないのか? オレは時計を見る。


「もう22時か。右代宮は帰って良いぞ。割り込み作業は粗方見えてきたからスケジュールを調整する。今週もハードになるからな」

「望むところっすよ!」


 右代宮は他にも残ってる社員の面々に聞こえる様に、お先ーっす! と元気に挨拶して退社していった。


 カチ……カチ……と時間が進む。

 右代宮にはまだ、一人で出向くのは難しいな。訪問作業が必要なのはオレが対応して、右代宮には会社で作業をさせつつ、資料のサポートをしてもらうか。

 どの資料がどこにあり、何が必要なのかを即座に開くのは一人立ちには大切な事である。


 お疲れー。と他の社員も退社して行き、オレと岸沢以外の気配が消えたオフィスの時間は23時半。取りあえず、こんなモンで良いか。


「岸沢ー、オレはもう帰るが」

「私も帰るわ」


 珍しく何かに苦戦していた様子だが、根を詰める様な作業でも振られてたのか?


 パソコンの電源を落とし鞄を持って電気を消す。すっかりオレ専用になったオフィスの鍵で施錠すると共にエレベーターに乗った。

 その間、終始無言である。ヴーン、と降下するエレベーターの減っていく階数表示を見ていると、


「朝比奈、今日はどう?」

「あー、そういや言って無かったっけか? オレ彼女出来たんだよ。公約通りあの契約は破棄だ」

「そうなの。おめでとう」


 淡白にそう告げる岸沢美夏きしざわミカとオレの関係は、岸沢の持つ目的の為に利用されているだけのモノだった。






「朝比奈琥珀です。志望同期は――」


 岸沢と初めて出会ったのはこの会社での集団面接だった。時間の手間を省いた様な雑な面接。とにかく人手が欲しくて最低限の体裁に乗っ取ってるのが見える。

 まぁ、それでも就職できるならと、当時のオレは何にでもかじりつく勢いだったが。


「岸沢美夏です。志望動機は、この会社でしか得られないモノがあると思ったからです」


 オレの次に志望動機を語った岸沢はしっかりとした芯みたいなモノを持っていた。

 だから、並んで座る就活生の中では一人だけ違う雰囲気を纏ってたし、面接官に対して一度も詰まる事無くハキハキと返す様は、コイツは採用だな……とオレでも解る程だった。

 面接官の質疑応答に岸沢が応える度に、その経歴と高スペックが明らかになる。

 高校では生徒会長を勤め、有名大学に現役合格。サークル活動では会長を勤め、短期の海外留学にも行き、三ヶ国語も話せ、司法試験にも合格していると言うエグい奴だった。

 面接官もその情報量に圧されてたな。しかし、疑問も飛ぶ。これほどのスペックなら大手企業でも簡単に通るだろう。

 何でこの会社に? と。


「志望動機でも言いましたが、御社でしか得られない“経験”をする為です。私の人生において、ここで働くと言う事は得難い財産になると確信しています」


 ここは多分、ブラックですよ。オレはボソッとそう言ってやりたかったが、落とされたくないので黙って座る。

 結局は全員採用になったワケなのだが。


「朝比奈」

「どうした? 岸沢」


 採用されてから半年。オレと同期と呼べる奴らは六人いたが、この時点で二人辞めていた。


「この仕事、出来るかしら?」


 残り二人の同期も退職届を出しており、今月には会社には去ると聞いていた。故にこの仕事がオレと岸沢に回ってきたのだ。


「おいおい……なんだこりゃ?」


 その仕様書を見てオレは頭をひねった。

 入社してから一ヶ月間、先輩の後を就いて回るだけの教育の欠片もない中、顧客との顔合わせだけをさせられて仕事内容に関してはほぼ独学だった。

 流石に、知らないことを質問したら過去の事例を教えて貰えたが、ソレが無い仕事の場合は完全な手探りである。

 オレと岸沢に回された仕事は完全にソレだった。

 しかも……その大元は国が依頼主と言う、ミスと納期の延長が許されない案件だった。


「三週間で仕上げて欲しいそうよ」

「……無理だろ。コレ弾く案件じゃねぇか」


 弾く案件とは、仕事をたらい回す“中継”の事である。ここが無理なら次に回る。恐らく新人である自分たちに振った事で、他に回すのも仕方ないと言う口実にしたい様だ。


「全体の見立てはどう見えるかしら? 大雑把で良いわ」


 自力で何とか一人仕事が出来るようになっていたオレは与えられる仕事は内容を見て即座にスケジュールを作る癖が出来ていた。

 この頃から案件の二つを抱えるのは当たり前になってて、とっ散らかってると何をやってるのか解らなくなるからな。


「……少なくとも他の部位との連携に別会社と打ち合わせが必要だ」

「対応は部分的な所だものね」

「回路正常起動のチェックに本体機械を使わないとダメだ。PCじゃ無理」

「表示のさせ方が特殊みたいね」

「結論、一ヶ月以上はかかる。弾く案件だ」


 加えて今抱えてる仕事もある。物理的に無理であるのだ。


「私を戦力に足したら?」

「岸沢を?」


 当時は自分の事で手一杯で、岸沢がどれくらいの仕事が出来るのか知らなかった。それを加味して人手が二人なら……まぁ、少しは……いやいや! 変な事考えるなオレ!


「それでも無理だ。別の作業も抱えてるし、そっちにイレギュラーが起きたら対応できん」


 一ヶ月と言う作業は他の横槍が無く、かつ、コレに集中出来た場合に限る。


「それじゃ、その抱えてる作業を他に回したらどうかしら?」

「他に回らないからオレに回ってきてるんだよ……」


 入社半年がやる仕事量じゃねぇんだよな。


「私が部長に相談するわ。もし、キミの望む形になったら対応できる?」

「まぁ……そこまで言うなら……」

「決まりね」


 そう言うと、岸沢は部長の所へ歩いて行った。オレは置かれた仕様書を持ち上げる。

 入社半年の新人の意見を部長が聞くとは思えない。完全に弾く案件だな。

 程なくして、岸沢が戻ってくる。


「朝比奈。今やってる作業内容と進捗を部長に渡して」

「……なんだって?」

「部長が他の人に割り振るそうよ。私とキミはコレをやる事になったわ」


 と、岸沢はオレが持ち上げた仕様書に視線を向けた。






 正直なところ、オレは岸沢美夏と言う女を侮っていたと言わざる得ない。

 仕様書の把握、本体機械のある会社への訪問、関わる外部企業との話し合い、どれも手慣れているかのように仕事を前に進ませる。

 時に、相手が欲張って仕様を増やそうとしてきたが、


「お言葉ですが、私たち二人は入社一年と立っていない新人です。その様な事案に対応するとなると、回路全てを細かく微調整が必要になります。その分、予期しないバグが起こってしまえば製品の信頼と品質を落とす事になるでしょう。それでも宜しければ対応致しますが?」


 国からの依頼に相手も黙るしかない。

 面接の時から優秀そうだとは思っていたが、まさか……これ程とは思わなかった。


「なぁ、岸沢って何歳だ?」

「今年で21よ」


 帰りの電車で座る岸沢に何気なく聞いたら同い年だった。


「なんでそんなに話し合いの席に慣れてるんだ? やっぱ、海外留学の影響か?」

「私の目的の為に必要な“経験”を使っただけよ。大した事じゃないわ」


 岸沢は何かと自分には無い“経験”を積みたがっていた。

 今回の件を進めて行く内に珍しい事案として社内でも話題になり、オレと岸沢が完全にこの仕事に集中出来る様に部長も配慮してくれた。


「おはよう……ホコッ」

「おはよ。風邪気味か?」


 納期が残り四日と迫った日の朝、岸沢はマスクを着けて出社した。


「ちょっとね。気にしなくて良いわ」


 なんでもない風に言う岸沢と作業の仕上がりにかかる。

 本体機械のある会社に赴き、あらゆる動作チェックを滞りなく進め、後は継続稼働による不具合が発生しないかだけを残す事になった。


「これで一日様子見だな」

「ホコッホコッ。そうね……コホッ」


 帰りのJRにて席に座る岸沢の顔色はだいぶ悪い。


「……岸沢、今日は直帰しろよ。部長への報告と資料の整理はオレがやっとく」

「……そう? なら……お言葉に甘えようかしら……コホッ」


 朝から岸沢の体調が優れない事は社内でも理解されているので、部長も直帰は特に気にしないだろう。

 そんでもって、次の日――


「……やっぱりな」


 岸沢は会社に来なかった。どうやらサイボーグでは無かったらしい。

 すると連絡が入る。どうやら継続稼働にて不具合が出た様だ。オレは即座に準備して対応先へ向かう。すると、


「……おい」

「コホッ……コホッ……何かしら?」


 岸沢が居た。マスクに加えて熱冷シートの装備も増えている。

 目の前には正常に継続稼働してる機器。


「休んでろって」

「今日は、コホッ、休むって連絡を入れたつもりは、コホッ、ないわ。ゴホッ! ゴホッ!」

「何がお前をそこまで駆り立ててるんだよ……」


 ここまで来ると最早執念だ。


「これは、ゴホッ! 国の為の仕事……ゴホッ! ゴホッ! だから――ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」


 そのまま岸沢は、ぶっ倒れてオレが家まで送る事になった。



※社畜の同僚↓

https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16818093088063235377

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