第16話 これから修羅場っすね……

「ん~」


 時刻は夕方。ウチはラブホから出ると軽く伸びをして外の空気を吸った。

 すると、後ろから支払いを終えた先輩が気だるそうに出てくる。


「……なんでお前はそんなに元気なんだよ」

「そうっすか?」


 休憩を挟みながら何度も交わって、気がついたら夕方っす。慣れない内は息切れを起こしてたっすけど、最後辺りはウチが上に乗ってたっすよ。


「先輩、ラブホ代は割り勘にしましょう。明日、会社で払うっす」

「いや、気にすんな」

「えー、きちんと払うっすよ?」

「先輩の顔を立てとけ」


 まるで食事を奢った様な物言いに、ふと思ったっす。


「先輩。ウチらの関係って何なんすかね……?」


 異性として深いところまで交わった今でもウチは先輩とどう有るべきなのか答えが出てなかった。


「会社の“先輩”と“後輩”だろ?」

「……ウチと9時間ラブホに入っててそれが結論っすか?」

「お前は一度もオレの事を名前で呼ばなかったからな」


 先輩のその一言に心に残っていたモヤモヤが一気に消えた気がした。


「セックスは本能的な部分が強く出る。その中でもお前はオレをずっと“先輩”って呼んでたって事は、そう言う事なんだろ?」

「……そうっすね。そうなんすね」


 目の前のこの人と、心の奥底ではどんな関係を求めているのか。じゃあ……あのモヤモヤは一体……


「先輩、じゃあ何でウチはモヤモヤしたんすか?」

「モヤモヤ? なんだそりゃ?」

「あ、いやー、サンゴさんが先輩と付き合ってるって聞いた時、凄くモヤモヤして」

「“先輩”を取られるとでも思ったんじゃねぇの? ほら、家に新しい犬を連れてきたら元いた犬が嫉妬するヤツ」

「ウチは犬じゃないっすよ!」

「例えだ、例えだ。まぁ、憧れとか尊敬が強くなると感情的になったりするモンなんだよ。人間ってヤツは」


 先輩は少しだけ寂しそうに何かを思い出した様だった。


「正直なところ、お前にはいつも助けられてるよ。良い後輩だ」


 そう言う先輩は初めてウチに笑って言ってくれた。そんな先輩にウチも笑い返す。


「それじゃ、これから修羅場っすね……」

「何のだ?」

「いや、先輩……浮気したならきちんと謝らないとダメっすよ! ウチも土下座するんでサンゴさんに謝りに行きましょう!」

「待て待て。今回の件はサンゴから頼まれた事なんだよ」


 歩き出したウチはピタリと足を止める。


「そうなんすか?」

「お前がオレを求めたら力になってやれってな」

「……それってセックスは良いんすかね……?」

「そこんトコは解釈の違いだろ? まぁ、オレがちゃんと辻褄は合わせとくから、お前は帰んな」


 それはいつもの会社の構図。先輩が残ってウチは帰らされる。休日でも行われるいつもの様子に思わず笑ってしまった。


「じゃあ、ウチは走って帰るんで!」

「……お前、アレだけやったのにまだ体力残ってんのか?」

「ウチからすれば準備運動みたいなモノっすよ?」

「……マジかよ……お前と付き合うヤツは苦労するな」

「安い女のつもりは無いっすからね!」


 変わってしまうかと思ってたこの関係が正しいかどうかは解らない。

 けど……モヤモヤが消えたって事はウチの心が望んでいた先輩との関係がコレなんだろう。


「もしも、援護が必要なら連絡くださいっす!」

「ああ。お前はオレにはもったいないくらい、出来た“後輩”だよ」


 ウチは手を振って歩いて行く先輩の背に背を向けてスタートすると走り出す。


 朝比奈琥珀さん。

 しかめっ面がデフォルトな会社の先輩。ウチにとっての“先輩”はそれ以上でもそれ以下でもなくて――


「ふふ。あー、早く明日にならないかなー」


 今なら無限に走れそうな気がして、強く風を切り帰路へ着く。






「どうやら、解決したようだな」

「9時間……恐ろしい男だ」

「交代で筋トレして見張っててコレだもんな」

「ほっほぅ。もう、俺たちが見守る必要はないねぇ」


 どうするー? サウナ行くー?

 とラブホに入ったコハクとイチリが出てきた様子を確認したマッチョ四人はずんずんと音を立ててサウナに向かった。






「……お帰り」

「ただいま。体力オバケの相手は本気で疲れた……」

「……もう、大丈夫そう?」

「ああ。右代宮は察しが良いからな。理解してくれたと思う」

「……よかった。もし駄目なら……」

「包丁をおいてから続きを言え。てか、もう飯作ってるのか?」

「……うん。食べてから効果が現れるまで時間かかるし」

「…………お前……まさか……これ全部食えと――」(カチリ)

「……イチリさんの匂い。あたしので上書きするから」

「ナチュラルに手錠をかけるんじゃねぇ! も、もう無理だぞ! 今日は無理だ!」

「……大丈夫。そう言いながらも……コハクさんはいつも応えてくれるし……」

「明日仕事だぞ!?」

「……あたしもそう。でもコレは……何よりも最優先だからね」


 腹上死寸前まで搾られた。

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