第三話 白昼堂々無我夢中
「すごく痛い……」
「大丈夫ですよー、ちゃんとくっつきましたからねー」
「でも何かまだ痛い気がする………」
「痛覚遮断の後遺症です。幻覚痛ですので通常の鎮痛剤では治まりません」
「知ってるよ!!何でわざわざ脅すの!?」
「ほらほら、泣かない。どうにかなる魔術ありますから」
「それを早く言ってほしいんだけど!?」
数時間後、中央校舎の一室に一連の騒動の四人が集まっていた。
「リョータローさん………何なんですかあの二人」
「そんな目で見るのはやめてやれ、あいつらはいつもあんな感じだ」
「いじめられっ子といじめっ子?」
「普通に仲良しの親友だぞ。普段はまともで時々おかしい椎名黎、普段が変で時々まともな百鬼古都。俺のクラスじゃ有名な凹凸コンビだ」
「意味わかんないですよ、何なんですかあの二人……」
「どちらも学生にして執行証持ちのスーパーエリート魔術師」
「何なんですかあの二人!?」
「どちらも主導研究生で魔術界の第一線で活躍する現代魔術師」
「本当に何ですかあの二人!?」
「未来のノーベル魔術賞を期待される二人」
「どんどん情報が増えていく!?というか普通に凄い人達!!」
「やばいだろ?あんなに派手にやらかして、お咎めだけで済んだのはこいつら二人のおかげだぜ。しかしまあ、そんな二人に迷惑かけちまったお前は一体どうなっちまうんだろうな~」
「怖い!!」
黎と古都が座る席から少し離れて、神田と少女が話している。それを何となく聞き入れながら、黎は古都に治療されていた。
第一庭園での一件の後、粗方の事情を腕をくっつけながら説明された。件の少女が侵入者でなく危険人物でも無いことは理解した。それでも騒動が騒動であり、「ああそうでしたか」の一言で終わるようなものでは決して無い。庭園の一部は崩壊し、
「何が状況確認不足だ……放送で集まれって言ったじゃんかよぉ………」
「そうですねぇ。でも私からすれば、まさか本人に一言も確認を入れず、戦闘始めてるとは思ってもいませんでしたけどね」
「な!お前までそっち側に立つのか!ノリノリで魔弾撃ってたじゃん!!」
「それは一連の確認を取っていたと思ったからです。まさか好奇心にされるがまま攻撃してたとは思いません。これだから研究狂いの魔術師は……」
「お前にだけには言われたくなーい!!」
「お~い、そろそろいいか?」
口論がヒートマップしようかというところで、神田に口を挟まれる。
「何ですか全ての元凶」
「担任に向かってそれはどうよ……」
「先生がさっさと来てれば俺は今頃研究室にいたんですよ!!」
「確かにそうだが…………まあ喜べ、ようやく本題に移れるぞ」
そう言った神田は、ニヤッと笑顔を見せたきた。黎はその顔を思いっきり殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、後ほんのちょっとの我慢だと、黙って引き下がる事にする。横では古都がふざけて拍手しているが、全くもって喜ばしくない。
「長いこと待たせた末俺の右腕落としたんです。どうでもいい話だったら泣きますから」
「怒らないのがさすが黎君です」
「ありがとう」
「…………話していい?」
いまいち空気を掴めない神田だったが、コホンと咳払いすることで、二人の意識を注目させた。
「幾つか話す事はあるんだが、先ずは……」一泊置いて、「気になってるであろう、こいつの紹介をしておこう。ほら、」
そう言った神田は、彼の腰を掴み後ろに隠れながらこちらを警戒していた少女を摘んで、二人の前に突き出した。
「ちょっ!ちょっと!」少女は動揺してよろけるが、此方を見るなり姿勢を正し、「きょ、今日から日本魔術学園の一年生として編入してきましたアイラ・フォーサイスです!ど、どうぞ良しなに!!」と、元気に自己紹介してくれた。印象よりも素直な反応に、思わず古都と顔を見合わせる。だがしかし、此方も名乗らねば不作法だろう。
「これはこれは丁寧に、二年の椎名黎だ。さっきは良い一撃をどうもありがとう」
「ヒッ!」少しからかってみると、案外いい反応をしてくれる。
「黎君、後輩になる子をいじめるのは良くないです。初めまして、同じく百鬼古都です。先程は友人が何の確認も取らずフォーサイスさんを攻撃してしまい申し訳ございませんでした」
「あ!いえいえ!そんな!アイラの方こそ、」
「それはさておき。先程の崩壊の余波で私の制服が少しほつれてしまったのですが……どうしましょうね」
「ヒィッ!!」
二人してアイラを脅してやると、転びそうになりながら神田の後ろに戻って行った。それに内心ほくそ笑んでいると、神田に頭をははたかれる。
「話が進まん。いじめてやるな」
神田は溜息を一つつき、面倒くさそうに話を続けた。
「今回椎名を呼びつけたのは、他でもないこの編入生についての事だ」
神田はもう一度アイラを掴んで前に出す。今度は彼女も抵抗せずに大人しく前に出されていた。
「椎名、フォーサイスという姓に聞き覚えは?」
「急な質問ですね。覚えも何も米系魔術師の名門家系じゃないですか。分家が多いからあっちの魔術師の三割はフォーサイス姓でしょ。この娘もその系列ですか?」
「話が早くて助かるよ。だが一つ誤りがある」
「はあ」
「こいつはそのフォーサイス家の直系。言うなれば本家のお嬢様」
「つまりそれは……」
「ご想像通り、正真正銘フォーサイス家次期当主の御息女様だ」
「ほー凄い!凄いけど……」
凄いけどそれは、つまりさっきまで戦ってた相手は言うなれば、
「米国魔術界の………未来そのもの……」
「あんな事して、お前どうなちっまうんだろうなー」
「え、すごく怖いんですけど……」
「……………先生、ちょっと質問いいですか?」
不味い事になったと泣きそうな黎を横目に、傍観していた古都が静かに訊いた。
「フォーサイスの本家出身となれば門外不出の魔術も腐る程抱えているはずです。それを安安とあちらの学園が手放すとは思えません。何かの間違いでは?」
「ま、間違いじゃありません!!」
静観を貫いていたアイラだったが、古都の質問を聞いた瞬間、飛び起きたみたいに噛み付いた。
「これを見てください!」アイラは内ポケットから何かを取り出し、
「こ、この紋章が目に入らぬか!!」と、時代劇かと言わんばかりに突き出した。
少女が掲げる装飾品。ペンダントであろうその品は、雑に持たないで欲しいと思ってしまう程、見るからに豪華で高価な代物だった。
魔術加工を施されているであろう蒼の宝石が中心にあり、何個ものダイヤがあしらわれた、黄金の金具で固定されている。そして蒼の魔石には、何かの紋章が浮かんでいた。
古都はアイラのそばに近づき、そのペンダントをまじまじ見つめる。
「……………開かれだ門に蒼の流星……これは、確かにフォーサイス家の紋章ですが……」
暫く魔石を観察した後。怪しむように古都が呟く。
「まあまあそう急くな。しょうがねーからそれも説明してやるから」
疑念を捨て去りきれない古都をなだめながら、神田は気怠げに話し始めた。
「古都の言う通り、フォーサイスは超のつく程の名門家系だ。おまけに排出する魔術師の質は、世界で三つの指に入ると言っても過言じゃねえ。見ての通りこのガキも、特殊発注された魔装をものの数分で単独撃破しちまうくらいに、一流の魔術師らしいしな」
「えへへ、そんな褒めても何も出ませんよリョータローさん!」
「倫理観が欠如しているのも含めて超優秀な魔術師だ」
「リョータローさん!?」
逐一反応をするアイラを無視し、神田は説明を続けていく。
「当然米国の魔術学園が放置しておくわけもない。だからこいつも少し前まではそこに在籍していたわけなんだが……」
「問題を起こしすぎて追い出されたとか?」
「ナ、ナキリさんまで……」
「残念だが、その逆だ」
神田は少し勿体ぶって、
「優秀過ぎて、あっちの学園じゃ持て余したんだよ」
「は?─────……ああ、理解しました」
一瞬理解が遅れた古都だったがすぐにその事情を察っしてしまう。若干それどころではない黎ですら、遅れてその事情を察することが出来た。
「魔術発展途上国ですか……相変わらず数奇な話ですね」
古都が気を遣い小さく呟く。だがその言葉はアイラに届いてしまったらしく、少女は気まずそうな顔を浮かべた。
この神秘の時代。魔術発展において米国は、他の大国に比べ著しく劣勢に立たされている。
元来魔術師という人種は、数百年、数千年という長い時間をかけて家系の魔術を発展させてきた。魔術の発展において重要になるのは、その魔術師が根を下ろしている土地である。そこに存在している動物、植物、気温、湿度、地質、歴史、そして人間。その他あらゆる全ての物が魔術の原型であり材料である。大量の物資の運搬が困難な時代において、土地を移動するという事は、研究してきた魔術を半ば捨てるに等しいことだ。
それ故17世紀にイギリスを中心として起こった西欧・北欧の北米大陸への移民には、魔術師は多く含まれていなかった。
無論全く存在しなかったというわけでもない。フォーサイスのような大家や、中小規模の魔術師家系の幾つかが新大陸へ移ったと云う記録は確かにある。だがその数は、大陸に残った膨大な数の魔術師に比べると、ほんの一割にも満たなかったそうだ。おまけに北米・南米の魔術世界は、近代魔術の足下にも及ぶことはなかった。
そんな環境で魔術が露呈しても、すぐに社会は適応できない。それ以上に、適応出来るほどの母数がいない。
「あっちの学園は未だ、研究と云うよりは教育だからな」
神田の言葉に、また気まずそうにアイラが頷く。
「待ってください」
その事情で納得できなかったのか、この空気を切り裂くようにまたもや古都が口を差した。
「それだけではここに編入とはならないでしょう。持て余してしまうなら持て余してしまうなりに、かの国はそれに対応すると思いますが」
例え魔術で遅れていようが、米国は未だ経済大国にして絶対的な超大国だ。それに加えて今の米国は、魔術開発を積極的に行っている。その成果として米国には魔術学園が三校も創設されている。そんな中一人の研究環境を揃えるなんて、さほど難しいことでは無いだろう。
「ああ、その通りだ」
「ではどうして……」
そんな事当たり前だろうと言うように、神田は呆気なく肯定した。それでますます分からなくなった古都は、ため息のように神田に訊いた。
「お前は質問が多いんだよ。講義中なら感心するが、こういう話の時は黙って聞け」
「………すいません」
百鬼古都という魔術師の悪いところを指摘され、彼女は黙って引き下がった。神田はそれを確認し、また話に戻ろうと口を開く。
「アイラが日本魔術学園に編入することになったのは、他でもないフォーサイス家当主の要望だ。ここならこいつの研究する魔術を、最大限成長させることが出来るんだとよ」
「随分アバウトな要望ですね」不審に思い口を挟む。
「俺もそこに関しては詳しい事は聞いとらん」
「そうですか。で、結局俺はなんで呼び出されたんですか?まさか編入生の紹介ってわけじゃないでしょう」
遠回りな話に嫌気がさして、黎は急かそうと神田を睨んだ。
「今日はお前によく睨まれるな。まあ、ここまで話したんだから最後まで聞け」
そう言いながら神田は黎に一歩近づく。
「魔術師ってやつはせっかちだ、フォーサイスの当主は既に米国の学園は見限ったんだろう。だがそれでも、他国に優秀な魔術師を流すとなるとそれなりのリスクが生じるもんだ」
「どこまで話をずらすんですか?」
「いいから聞けって…...………フォーサイスという大家と言えど、一国が組織する魔術学園を無下にすることは並の覚悟では実行できない。それは当然、アイラを受け入れる日本も同様。だからフォーサイスは、この国に幾つかリターンを提示した」
黎は諦め黙って聞く。
「フォーサイス家は次代の当主の重要な時間を一瞬たりとも無駄にしたくない。対する米国の学園は少しでも優秀な魔術師は手離したくない。そこに巻き込まれる日本からすれば、ただではアイラを受け入れられない。その絡まった思惑の相違を埋めるには、根幹であるアイラが重荷を背負わざるを得なかった。要はフォーサイスが提示するリターンは、こいつを好きなように利用出来るぞってことだった」
神田はまた一歩前に出た。
「その結果学園が彼女をどう利用したかと云うと、優秀な魔術師アイラ・フォーサイスを、特殊執行官に任命した!」
わざわざ劇的な言い方した神田は、黎の横に立ち肩に手を置く。
「古都の質問で話が少しズレちまったが……結果として、俺の言いたい事は分かったな?」
神田が含みのある様な言い方で、こちらを見据えて訊いてきた。
編入生のあまりに長い身の上話。古都の余分な質問に珍しく神田が答えた時には、黎は正直、いつ帰ろうかと考えていた。しかし最後の一言で、この無駄にお節介な教師の意図が分かった。つまるところ、彼は同情を誘おうとしていたのだ。寧ろ誘おうと云うよりは、せめて同情心ぐらい持たせようと云うのだろう。黎は神田が生徒の腕を飛ばしてでも、彼女を助けた理由がわかった。
「特殊執行官の兼任ね……そういうことでしたか……」
呆れながらも悲しそうな呟きが、広い教室に嫌に響いた。
「黎、いや……」
神田が黎の前に立ち、改めて彼の瞳を見つめた。
「椎名黎執行魔術官、魔術庁からのご指名だ。本時刻13時30分をもって、特殊執行魔術官アイラ・フォーサイスの監督官に任命する」
「魔術庁ねぇ……」
気に入らないと口を挟んでやろうと思ったが、
「断れば、研究室は解散だそうだ」
「…………クソですね」
反論できる余地など、ある訳無かった。
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