第二話 ハチャメチャスクールマジック
しかしそんな庭園の芝生も
『
自動駆動魔装の魔術行使がさらに火の海を形成する。その無機質な詠唱からは、庭園を焼く躊躇は感じられない。
一見すれば火災の元になりかねないが、火葬魔術の影響範囲は魔装が同時に発動する隔離型の結界魔術によって、標的の三㎥だけに限定されている。
その魔術は標的を結界内に軟禁し、隔離した空間内を容赦なく焼き尽くす複合魔術だ。
しかしそれは標的の少女には届いていない。
人型の魔装が発動する魔術は、その座標が隔離され焼き尽くされる寸前微かに魔力が発生する。その魔力を器用に感知し、強化した脚力で離脱する。正確には、動き続ける事により補足される前に離脱している。
その広大な庭園はもはや少女のグラウンドと化していた。
「『
戦闘用に極限まで省略した詠唱を呟きながら、アイラは庭園を駆け抜ける。
焦土と化した庭園を踏み進む度、焦げ臭い灰が大気を舞って鼻腔をくすぐる。鬱陶しいことこの上ないが、一度止まれば灰になるのは自分の方だ。更に加速の魔術を重ねて、魔装の索敵を撹乱する。
(見た目は一般的な
横目で魔装を観察しつつ、反撃の魔術を考える。
自動駆動魔装は二年程前から現場投入され始めた試作品だ。開発したのは学園ではなく外部組織の企業であるが、その多くが学園にて試験的に運用されている。本来対魔術師用に設定されておらず、侵入した非魔法使いを捕える為の警備装置の筈である。故に搭載されている魔術は片手で数えられる程度のもの。それがどうして自分を攻撃しているのかアイラには分からないが、襲われているのだから壊すしかない。
さらに加速し徐々にその距離を詰め始める。
数秒前に駆け抜けた場所から大気が焼かれる熱気を感じた。その冷酷な殺意から少なくとも非魔法使い用で無い事が伝わってくる。
(おそらく対魔術師用に改造された特注品。こういうのって、普通只事じゃない限り出てこない用になってるんじゃないのかな……)
頭の中で愚痴をこぼすが当然誰かが返すことは無い。
誤作動で起動するには危な過ぎる代物にアイラは少し引いていた。状況的には出ていて当然であるのだが、それを彼女が気づくことはない。
(でもまあ、所詮は機械か)
「────『
先程と変わり詠唱を追加。アイラの脚に魔力が集まる。微かに彼女の姿がゆらぎ一瞬で魔装の間合いに入った。その軌跡には蒼い魔力が吹き荒れた。物理法則を放棄したそれは魔術理論により実現される。
(捕まえた!)
魔装の腹部を殴るかのような姿勢でアイラは右拳を押し当てる。
「『
その右腕に魔力を収束、拳は一瞬にして熱を帯びた。
魔装は瞬時に危険を察知し直ちに距離を取ろうと動くが、魔装の右腕をアイラの左腕が離さない。
極限まで収束した魔力はある一定の値で破裂する。
「─────『
固く握った右拳から、魔力の奔流が放たれた。
少女が放つのは光の奔流。幻想的な蒼の光柱。
しかしそれは鋼鉄をも溶かす、瞬間火力2000°の超高熱粒子だ。
魔装はその火力に耐えられる筈もなく塵さえ残ることは無い。蒼い熱波が収まるころには庭園の地面ごと削られていた。
「ちょっとオーバーだったかな?」
派手に抉れた庭園を見て苦笑いしながらアイラは洩らす。相手の耐久が分からなかったから自分が持ちうる最高火力の技を使った。しかしこの結果を見るからに、もう数段階手心を加えても良かったかもしれない。
無駄に消費した魔力を惜しみつつ踵を返して神田の元に戻ろうとする。何はともあれ今の状況をどうにかしよう。
実習をしていた生徒達は悲鳴を挙げて逃げて行った。その上自分はテロリスト扱いを受ける始末。教員一人のしただけでこんな事になるなど誰が想像できようか。自分が招いた状況とはいえほんの少しだけ憤りを感じる。
もうこれ以上流血沙汰は勘弁だ。
そう思い急いで向かおうと駆け出した時。
「使うんだ───」
─────刹那のことだった。
若い男の声音がアイラの耳元を冷たく掠めた。
魔力を感じ振り返るが、抉れた庭園が広がっているだけだ。
感知した魔力は既に背後へ移っていた。
振り返り、藤色の瞳と目が合った。
「─────魔力崩壊」
瞬間。アイラの全身が吹き飛んだ。
「可愛いじゃん」
彼女を視界の中に捉えて一番初めに浮かんだ事は、魔術の威力への感嘆でもなく。担任を倒した事への恨みでもなく。そんなくだらない事だった。
担任を殺したかもしれない人物となったら一体どんな巨漢だと想像していたのだが、蓋を開ければ華奢で可憐な少女である。
拍子抜けしつつも油断出来ないのもまた事実。開幕早々、強めの衝撃波で先制した。
第一庭園の中心部。水盤の方へ吹き飛んだ少女。上手く当たっていれば一撃で意識を刈り取れているかもしれないが、寸前魔術防壁を展開していたのがチラッと見えた。そのうち復帰して反撃してくるだろう。それにしても目を見張るのは彼女の使った技術である。
魔力崩壊現象。
魔力を身体の一部に集結させ一定の値まで収斂する事で生じる現象。
極限まで収束させた魔力はその態を維持できなくなり、莫大なエネルギーを発生させ離散する。それを実現させるには人並み外れた魔力貯蔵量と魔力操作が必要である。そしてそれ以上に要求されるのは発生したエネルギーを魔弾として撃ち出す天性のセンス。これを用いて的確に魔装を葬ったのだから担任を殺していたとしても納得できる。
「ああいう娘がタイプでしたっけ?」
「別に」
先に担任の確認に行っていた古都が音もなく隣に現れた。同時に誤解を抱かれたが適当な返答で返してやる。
何となく浮かんだ印象に深い意味など存在しない。ましてやこれから戦う相手に好意なんて持つわけも無い。
「先生の様子はどうだった?」
「案の定意識はなかったですがどうやら死んではいないようです。まあでも、遠分起き上がっても来ないでしょうね」
「そ、良かった」
その報告に胸を撫でつつ件の少女を警戒する。そんな風に意識を向ければ水盤の方から強い魔力の高まりを感じた。それを威嚇するように古都は水盤を冷たく睨む。
「杖を持ち合わせていないので近接戦の協力は出来かねますよ」
「分かってるって。俺に当たらないように上手いこと弾幕張っといて」
「了解です。どうかご武運を」
周辺に魔力探知を行うが舎守術師が駆け付けてくる気配は無い。運がいいのか悪いのか第一庭園に最も早く駆け付けたのは自分達のようだ。担任の無事が分かったのならさっさと回収して後は舎守術師に任せたかったのだが、危険人物を放置しておくわけにもいかないだろう。
「『魔力収束』──────」
姿勢を下げて、臨戦態勢に移行する。
胸の辺りに魔力を集結、極限まで収斂させ────
「───────『崩壊、身式運用』」
──────一気に爆ぜる!
胸の辺りに溜まった熱が一瞬で全身に流れ込む。
全身を伝うエネルギーが魔力と呼応し高揚感を生み出していく。脳を支配する全能感に危うく意識が飛びそうになるがどうにか留めて少女を見据えた。
脚にエネルギーを集中させ全力で踏み込み少女へ向かう。僅か一歩で距離を詰めれば、自分の瞳と蒼い瞳が交差した。
「いくぞ」
「っ───『
黎が放った一撃目は『崩壊』のエネルギーを乗せた単純な打撃だ。それを相殺すべく少女が選んだものは同じく崩壊の打撃だった。
黄金の魔力と蒼色の魔力。拳同士がぶつかると同時に双方の魔力が混在する。
「…………何なのアナタ、急に来るなり失礼だよ」
「こっちは散々待たされてんだせめて鬱憤ぐらい払わせろ」
「はあ!?何言ってるか分かんないよ!!」
「分かってもらうつもりはねえよ。それに、侵入者テメェが失礼はねえだろ!!─────今だ!古都!!」
黎が大声で合図を送る。すると古都が指を鳴らして、無数の魔術陣を展開した。
刹那、背後から魔術陣と同数の朱色の光線が放たれる。一度は空へ放たれたそれは大きく弧を描き少女へ向かう。
「うそっ」
「待てよ」
驚いた少女は回避を試みるも、黎がそれを許さない。
ぶつけた拳を掴んで捕まえ少女をその場へ繋ぎ止める。
少女に腕を強く引かれるが魔力を用いてでも離さない。朱色の光が近づくにつれ少女の腕から汗が滲む。
「かくなる上は………!」
咄嗟の行動だったのだろう。少女は黎に抱きついた。
「あ!?」
ふわりとラベンダーの香りが鼻腔を擽るも、同時に後方から殺意を感知。光線の魔弾は微かに角度を変え、此方ごと葬らんと向かって来ていた。
「ハッ!」
少女が胸の辺りで嘲笑ってくるが、無理矢理剥がそうにも離れない。最悪共倒れを覚悟し駄目元で障壁を貼ろうと動く。しかし魔弾は寸前で消滅。黎ごと吹き飛ばすことはなかった。
それを見届け胸を撫でるも、下を見れば抱き着いていた少女が体勢を変え、黎の腹部に拳を押し当てていた。
「あ?」
「『
普段耳にしない流暢な英語の詠唱。それを理解するのに一瞬遅れたのが駄目だった。
「『乖壁────」
「────『
僅かの差、黎が詠唱を完了するより早く。少女の崩壊が先をいった。黎の腹部に膨大なエネルギーが叩きつけられる。
「ぐああ!!」
押し寄せる蒼い奔流に耐え切れず、後方に大きく吹き飛ばされる。崩壊の影響で魔力は乱れ、思うように飛行魔術が行使できない。校舎に叩き付けられるかというところで、古都に優しくキャッチされた。
身体が思い出したかのように腹部が痛み悶絶する。急いで腹部を確認するが運良く貫通はしていない。学園の制服が対魔力儀装になっているのが功を奏したようである。しかし安心したのもつかの間、地面に近づいた所で古都に雑に落とされた。
「何をイチャついてるんですか?」
少し低い声音、軽蔑の目で睨まれる。
「本当にそう見える……?」
ほぼ泣きそうになりながらも返答するが、思ったより声が出なかった。喉はやられていない筈だが、未だ魔力が安定しない。その影響か体も上手く動かせない。
「古都ぉ……」
「分かってます」
古都は呆れながらも魔術陣を展開。少女を牽制すべく弾幕を放った。多彩なそれは綺麗であるが効果はと言えば牽制に止まり目標にそれは届かない。
「というかあの娘、速いですね」
「だな」
スピードでは無い。古都の言葉が指すのは異様に早い少女の詠唱。流暢な英語詠唱ということもあるのだろうが、それ以上に彼女の詠唱はあまりにも省略が多かった。省略を増やせばその分イメージで魔力理論を補う必要が出てくる筈だ。それを可能にしているのだから、彼女がただのテロリストではなく一流と言える魔術師である事は想像できた。
「秘匿派か………いや、それとも海外の学園の襲撃か」
「前者はともかく後者は無いでしょう。下手をしなくても国際問題ですよ?」
「でも秘匿派にしては使う魔術が多彩だし……」
「学園の制服着てますし今まで大人しくしてたとんでも問題児とか」
「流石の問題児もこんな大事起こさないと思う……」
入学式のガイダンスで耳にタコが出来る程注意喚起される内容を忘れる馬鹿が、あの魔術行使は出来ないだろう。それ以前にこの学園に入れない。もしくは何事にも奥さないマッドサイエンティストという線もないことはないが、それなら舎守術師にマークなりなんなりされて警戒されている筈である。下手を打っても担任がやられることは無い。というかそもそもあそこまで強くて黎が認知していないのは有り得なかった。
「まあいいでしょう。重要なのはそこでは無いですし」
古都は魔術の威力を強める。
「さっさと終わらせて、先生の用事を終わらせるのでしょう?」
「おお、よくお分かりで」
話していないにも関わらず、古都に思惑を見透かされる。そんな友人に感心しつつも、まだ辛い体に鞭打って、尻の土を払いながら立ち上がった。
「それにしても、崩壊を使っていたのがそんなに琴線に触れたんですか?柄にもなく相手を試す真似なんかして」
「試してないって、あれで決まると思ってたんだよ」
「本当ですか?」
「マジもマジ。思ってたよりアイツの魔力が多かっただけ」
「そんなこと言って。いくぞ、とか言ってたじゃないですか。いくら一目惚れしたからって倒すべき相手に手心を加えるのは良くないと思います」
「いやだからタイプじゃないし惚れてもねーよ!」
「どうでしょう」
怪しむような目をする古都。
あの少女に興味を持っているのは事実だが、この興味はどちらかというと珍しい生き物を見つけた時のそれであり、間違っても恋愛感情から来るものでは無い。
「本当だって!崩壊を使う魔術師なんて俺ぐらいのもんだから珍しかったんだよ!どんな風に戦闘に活かしているか興味あったの!まあ………それで一撃もらったわけだけど……」
「ダサいです」
「おまっ…結構痛かったんだぞあれ……」
少し情けなくなって腹部をさする。
しかし気付けば痛みは軽くなり体も上手く動くようになっていた。意識を向ければ魔力もいつも通りの調子である。
「そろそろ動けそうですね。ほら、このままだと庭園が穴ボコだらけになってしまいますよ。さっさっと決着つけてきてくださいっ!今ならきっと一撃ですよ!!」
苦言ついでに尻を蹴られ早く行くように促される。さっきから古都の当たりがなんだか強い。少し悲しくなりつつも改めて庭園を見据えてみると、魔装の魔術により焼畑農業の後のようになっていた地面が、古都の魔弾により流星群でも落ちたのかと思うような見るも無惨なクレーター地帯と化していた。おまけに土埃が立ちこもり、魔力探知をしなければ少女の姿を確認できない。
その犠牲のおかげもあったのだろうか。黎と古都が話している間にも魔弾は容赦なく少女に向けられ彼女を一切近づけていない。このまま時間をかけていればゴリ押しでいつか終わりそうではあるものの、決着をつけろと言われたのだからご機嫌取りついでに言われた通りにすることにした。
「もうちょっと優しくしてくれてもいいのに……」
愚痴を洩らしつつ一歩前に出て右腕を突き出す。
左手で右腕のにの腕を掴み、魔術を安定させる要とする。
脳に魔力を流しながら思考で魔術理論を構築する。
「『統括魔術』──────」
黎がその一説を唱えれば、古都が指を鳴らして、魔弾を止めた。
黎の行使する魔術の魔力は魔術陣の余韻で少女には感知さず、土埃でこちらも見えない。止んだ魔弾を皮切りに、少女は無謀にもこちらに突っ込む。「今なら一撃」とはなんとまあ、古都の思惑は怖いものだ。
「──『開闢』────────」
土埃を掻き分け少女の姿が露わになる。彼女はこちらを見るなり目を見開くが、避ける時間にはもう遅い。
古都は既に戦線を離脱。準備は完璧に整った。
詰まる所、少女は既に詰んでいる。
「『磊──────」
キイイイイイイイイイン───────!
詠唱を言い切るほんの数瞬、僅かの差。
先程と同じく寸前の所で魔術の行使を妨げられた。
耳にしたのは金属音。黎の正面、甲高く響いたその音は、しかし少女から生じたものでは無かった。それは発動前の魔術の断絶、固められた大きな魔力を根本から断ち切る音である。例えるなら巨大な岩石を刀で両断したような音であった。発動元の右腕を見れば、手首から先が何とも綺麗に泣き別れていた。
「な……!」
身体欠損という条件を満たし、事前に魔術の用意をしておいた痛覚と出血の遮断が発動する。おかげで痛みは生じなかったが、それでも嫌な脂汗が出る。咄嗟の動作で切断面を抑え、原因を放った方向を睨んだ。
「そんな目をするな、俺だってこんな事したくねぇーよ」
そこに立っていたその男は、最後に黎が拝んだ顔と同じく、気まずそうな表情を浮かべていた。
「だがな、流石にここでそれは勘弁してくれ」
その男─────黎の担任、神田凌太郎が気まずそうに立っていた。
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