第1話 天然氷

図書館の中央に連なる螺旋階段を、ヒールの低いローファーが音を立てた。


その足音は三階の螺旋付近でうずくまる少年の側で止まった。


「ぼく、どうかしたのかな」


少年の耳の直ぐ側でタイトスカートがタイツと擦れる。

少年は膝に蹲る顔をゆっくり持ち上げた。


細い首を傾げる女性からは、薄く灰の香りがした。


「あ、本持ってるね」


少年が何も言わずに女性を見つめていると、彼女は一人で話しを進めていた。

女性は少年が膝に抱える本の表紙に触れた。


少年は、その瞬間輝いた女性の灰色の瞳を生涯忘れないだろう。


女性はぼうっと目を光らせた後、細い指で螺旋から見て上を指した。


「お母さんは四階で君を探してるよ」


少年ははっと女性を見た。


「どうして分かったの」

思わず声が漏れる。


しかし、女性は、何故だと思うと言うように微笑んだ。


唯彩いさい・・・!」


少年が小さく叫ぶと、女性は少年の頭を軽く撫で、すっと立ち上がった。



少年の鼻先にこすれた灰髪からは、やはり薄く灰の香りがした。





********


寿々すずさんって今いくつでしたっけ」


女性は耳に付けた大ぶりのピアスを揺らしながら声に振り返った。


「何が?」


透き通るような美しい声だが、天然水というよりは天然氷。

「実績?年齢?」と直後に付け加えると、質問をした本人は咄嗟に逃げ腰で「ね、年齢っす」と返す。


「そこで一番初めに実績って出るの、やっぱらしいですね・・・」

「歳は、23だけど」


女性は不可思議と言わんばかり眉をひそめた。


「なんで年齢なんて――

「あ、じゃあ大丈夫だ。今日、夜勤代わってもらえません?」

「・・・・・・・・・・」


「寿々さん、夜勤されたことないから未成年なのかとてっきり。俺今晩バーに誘われてて」

「・・・・・・・チッ」


女性は全力の舌打ちの後、夜勤サボりクソ野郎から鍵を奪い取った。

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