第2話 恐ろしい繰り返し
奴隷商人の元から引き取ったレイシーだが、最初は物静かな少年だった。痩せ細っていたので食事を与え、自分が読み書きも教えて教養を身に着けさせたら、あっという間に色々な知識を習得した。今は自分の隣に立っていても決して恥ずかしくはない存在だ。
今思えば父がレイシーをそばに置いてくれたのは自分のためであったのかと思う。世話だけでなく、己がいなくなった時、身近にいてくれる存在として彼を置いてくれたのでは――。
けれど今の自分には必要ない。
自分が望むのは一人になることだ。
(ごめんな、レイシー)
ラズはレイシーに気づかれないよう、離れた場所に移動して“あるもの”を手にした。それは銀細工に縁取られ、土色をした手のひらに収まるサイズの石だ。カルスト家に伝わる家宝であり、生前、父から譲り受けた……わけではなく。数年前に屋敷を探索した時、隠された部屋で、たまたま見つけたものだ。
まるで封印されてるみたいに、きれいな箱に、けれど鍵はかけられずに。
この石の力を初めて使ったのは、ものすごくくだらない理由からだった。だがその時から石の力は強力だと知り、以降は使わないようにしていた。
改めて二回目の力を使ったのは父が亡くなった後、自分が新たな領主として領地を治め、順調な日々を過ごしていた、ある日のことだ。
自分は恐ろしいものと出くわしてしまった。
それは自分を含む“全てを飲み込む闇”となった。闇に襲われ、偶然持っていた石にラズは無我夢中で願い、救われたのだ……一時的に、ではあるが。
また“あれが”訪れることはわかっている。
だから、再びやるしかない。
ラズは石を掲げた。
(俺はもう見たくないんだっ!)
すると石が熱を持ち、光があふれ出していく。光はラズを含む全てを包み、そして絵の具が混ざるように光景が、地面が、身体が。グニャリと歪むように混ざっていく。
これがこの石の力、タイムリープだ。レイシーともお別れだが、また戻った先で屋敷の中で会えるから――。
戻る時間はいつも決まっていた。
父が亡くなり、領主として順風満帆な時を過ごしている半ばだ。なぜか、それ以降もそれ以前にも戻ることはできない。いつも決まって執務室の椅子に座り、家宝の石を触りながら心地良い日差しにウトウトしている時なのだ。
(……戻った、か。また戻ってしまったな)
窓から差し込む日差しにラズは目を細めた。今さっきまでいた不毛の大地はどこへやら。ここは全くそれとは関係がない。庭には手入れの行き届いた花が咲き、掃除も隅々まで行き渡った多くの使用人が働くカルストの屋敷。自然に囲まれ、人口も多い豊かな領地だ。
タイムリープをする前の、この時は(このままがずっと続く)と思っていた。自分の力で多くの人を助け、領民が幸せに暮らせるようにと慣れない政治を学びながら奮起していた。大変ではあったが楽しかった。レイシーも紅茶を淹れて『無理しないでくださいね』と声をかけてくれ、そのさりげないサポートがいつも嬉しかった。
こうして心地良い流れにいると、このまま過ごしていたら、もう何も起きないのでは……そんな期待も抱いてしまう。
(次はどこへ行こうかな……)
再び戻った時の中で、ラズはため息をつく。窓からの日光が身体も心もあたためてくれるが心は鉛のようで、出るのも重苦しい息でしかない。
カルストの血筋は古くから続いている。父も今までの領主も執務室でこうして考えごとをして心新たに過ごしていたのかもしれないが。ラズが考えることはいつも決まっていた。
(なぜ俺だけ……)
何度も繰り返しているタイムリープ。繰り返す理由は毎度逃げた先で“全てを飲み込む闇”が再来するからだ。
そのきっかけとなるのはレイシーだ。それを避けるためにも、レイシーと会わないようにする……しかし何度もやり直して導いた改善策は全く功をなしてはいない。レイシーは“カン”で現れ、そして人々が集い、闇は再び来る。
それでも逃げるしかない。多くの人が巻き込まれることないよう、それでいつか闇を脱せる、と信じて。
(一人になれれば、いいんだ……さて、やるか)
この時に浸りたがっている重い腰を上げ、ラズは再び動き出す。無責任に全てを投げ出さずに領地の解放など、しっかり色々な手続きをしてから今度はもっともっと遠くへと思い、船に乗って別の大陸へ渡ってみた。
正直、タイムリープした時が全ての手続きが終わった直後なら助かる。毎度手続きやらなんやらも、レイシーにバレないように動くのが大変なのだ。
(さすがに、ここまでは来れないだろう)
異国の人々が知らない言語で話している。これなら大丈夫だろうと思いきや、数時間後には同じことになっていた。
再びタイムリープで時を戻し、次は離島へ渡ってみたが結果は同じ。ここまで来るとレイシーに特殊能力が? と思わざるを得ないが。たとえそれがあったとしても、どう対抗したらいいのやら。
それともレイシーが言う己のカリスマ性? とやらが原因なのか。人々が慕ってくれるのは、とてもありがたいが、今だけは本当にやめてほしい。
(これじゃダメだ。ダメなんだ! いい加減、俺を一人にしてくれ!)
ラズは家宝の石を両手ではさみ、強く願った。この石になぜ時を戻す力があるのかもわからない。わからないけど、この力があるなら使いまくってやる。
あの闇に、みんなが飲み込まれないために。
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