カリスマ貴族だけど呪われているので近寄らないで下さい

神美

行けども逃げても世話人は俺を発見する

第1話 領主は一人を目指す

 ついに来た! 誰もいないこの土地!

 周囲は高い山に囲まれ、大地は草木が生えないほど荒れ果てていて。そして人も家もない、自分にとってはこの上なく素晴らしい環境だ!


「今度こそ! 今度こそ俺は一人で生き抜くっ!」


 誰もいない中、ラズ・カルストは拳を曇天に上げて誓った。さびれた土地には不似合いな質の良い漆黒のコートに黒生地のブラウス。金色のスカーフは、この色のない場所に唯一の色彩となっている。


 由緒ある屋敷も、由緒あるカルストの名前もあったけれど。そんなものは全て捨てる。そんな心意気と共に、ラズは一人不毛の地に立っている。


 だが自給自足で暮らすには最初の家が肝心だ。建築についてのノウハウは屋敷にあった膨大な資料からしっかり知識を得ているが、木造建築は時間がかかる。最初は手軽に寝起きができるよう、テントを立てておこう。それを基盤に材料や食材を徐々に集めていき、自分だけの生活を満喫できるようにするのだ。


「頑張るぞ!」


 しかし、ラズが意気込んだ小一時間後には早速事件は起きた。

 いや、これは“毎度起こる展開”とも言えるのだが。


「ラズ様、わかりやすいところにいるから、すぐ見つけられます」


 せっかく天に誓ったばかりなのにっ……!

 慣れ親しんだその声を聞き、十何年も見ている姿を確認し、ラズは愕然とした。

 クセの強い青色の短髪。空のような天色の瞳。白いブラウスの上に羽織った金の刺繍入りの青いジャケットは自分のおさがりだが、自分より少しだけ背が低い彼にはぴったりで。でも彼は己の身分を考慮し、もらった時は『分不相応です』と躊躇していたけれど――。


『いいんだよ、だって君は俺の世話人だろ? じゃあ俺の隣に並べる格好していた方がいいじゃないか。それに似合うし、かっこいいぞ』


 説得するとそれ以降、彼はそれを気に入って着用してくれた。彼は二十六歳の自分より三つ下で屋敷の使用人の中で一番年が近く、少年の頃からの付き合いだ。立場の違いなど自分は全く気にしていない。彼は家族のようで親友で、大切な存在だ。

 しかし、今は……離れてほしかったのだ。


「レ、レイシー! なぜだっ!? なぜこんなにも早く見つけちゃうんだ! っていうか屋敷から山二つ分は離れた場所だぞ! どうやってここまで来れたんだっ!?」


「だからラズ様、わかりやすいから」


 レイシーはヘラッと笑う。その笑顔を見てラズは背筋を震わせる。

 一回目は『家出同然の自分なんか、そう簡単に見つかるわけないだろう』と高をくくり、屋敷から少し離れた森の中へ身を潜めたことがある。

 だが、そこがあっという間に見つかり、その次はもっと距離のある岩山に潜むことにした。『さすがにここなら……』と、ゆっくりしていたら、そこも見つかり。次は橋をいくつか渡った先の、だだっ広い草原。当然、そこも見つかり『なぜだ!』と頭を抱えるハメになる。


 いい大人がやってる、遠距離のかくれんぼみたいな攻防戦。楽しいからやっているわけではない。見つかる度に自分は泣きたくなる。

 どうしても一人にならなければいけないのだ。


「だからって、こんなすぐわかるか! 君、魔法とか使えたっけ!? それともどっかに強力な占い師でもいるっ!? 俺のこと、監視してるっ?」


 レイシーは呆れた様子で形のいい眉毛をハの字に曲げた。


「使えませんって。俺はただの、あなたの世話人です。あなたに拾われた幼少の頃からの付き合いはありますからね。何かあっても“カン”でわかりますよ」


「カ、カン……カンだけで?」


 カンという簡単な言葉で済まされ、ラズは脱力する。カンだけではありえないのだが、彼に魔力や特殊能力がないことはわかっている。

 彼は人身売買で売られていた元奴隷だ。たまたま訪れた市場で鎖に繋がれたレイシーを暗がりで見た時は頭に血が上り、父にすぐ話をして彼を引き取ることにしたのだ。


 地方の領主である父は曲がったことが嫌いだった。己の領地で人身売買が行われていることを遺憾に思い、すぐにそういったことをなくすよう取り締まりを強化。人身売買はなくなった。


 そんな尊敬する父は数年前に病で亡くなり、以後自分は父に代わり、領主となった。父の教えを守り、領民のために尽くす自分を皆が頼りにしてくれた。自分で言うのもなんだが良い領主をやれていたと思う。

 

(だが、今はこうして……)


「ラズ様、なぜまたこんなところに?」


 レイシーは穏やかにほほえみながら質問をした。こんな荒地を訪れたら誰だってその質問するだろう。

 この質問にも、もう“何度も”答えている。彼に見つかるたびに繰り返している。仕方ないとは言え“毎回”同じやり取りをしてると心苦しい。レイシーはなぜ自分を見つけてしまうのか。こうなるのは“カン”だけで済むのだろうか。


「俺は……誰もいないところに行きたいんだ。誰にも関われることなく一人で生きたい」


 そう答え、ラズは唇を噛む。レイシーからしたら主が突然変なことを言い出した、と捉えるのが普通だろう。いきなり立場も仕事も全て放棄して何をバカなことを……普通なら、きっとそうなる。

 しかし、自分の理由を聞いた彼はいつも笑うのだ。しょうがない人だな、という感じで。


「なるほど、よくわかりませんが。ラズ様がそう思うなら、そうするのが一番じゃないですかね。でも俺ぐらい、そばに置いてくれません? 俺はあなたに助けられてから、あなたの世話を続けるって亡き旦那様にも約束したし、俺自身もそうしたいんですから」


「それは……」


「そばに置いて下さい、ラズ様」


 レイシーは天色の瞳を真っ直ぐ向ける。吸い込まれそうなほど、綺麗な色は断ることを許してはくれない。結局、彼がそばにいることを自分は承諾してしまうのだ。


(これじゃダメなのに)


 これがきっかけで全ては振り出しに戻ってしまうのだ。なぜかわからない、運命なのか、レイシーの影響なのか、わからないけれど。

 レイシーが自分を追って数日後には偶然訪れた旅人が増え、そこからさらに旅人が増え。さらに商人などもやってきて滞在して、そこからさらに色々な職種の人が増えていって――。

 一ヶ月程で自分が訪れた場所はどんな荒地でも一つの町くらいに人が増える。自分のそばがみんな『居心地が良くて』なんて言ってはくれるが。


『ラズ様、カリスマ性ありますからね。みんな集まっちゃうんですよ』


 レイシーもそう褒めてくれるが。それは自分が望む結果ではない。


(……やめてくれ、本当に。もう誰もそばに来てほしくないんだっ)


 その度に自分は“ある行動”をして全てを振り出しに戻し、また一人を目指す。レイシーに見つかると全てがやり直し……だから、どうか、もう見つけないでくれ、と切に願って再び逃げ出すのだ。


(俺のそばに来ないでくれっ!)

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