第3話 あり得ない!
「さ、さすがにここまでは……さむっ」
いつもの服装では寒風に身体が震え、ラズは両手で己の身体を抱きしめ、ゴシゴシとこすった。
辺りは白い一面の雪景色。足が全て埋まるほどではないが、ブーツの下半分は雪に埋まっている。空はどんよりと灰色で細かい雪が降らせている最中だ。
「ハックション!」
風以外は音のない静寂に包まれた世界に一発、盛大にくしゃみをかましてしまった。
さすがにやりすぎたか。今まで住んでいた場所が穏やかな気候だっただけに、このような閉ざされた世界は厳しいかも、と若干の後悔。どうやってここまで来たのかもよく覚えていないが、ここまで来たなら後戻りはできない。
(さすがに、この状況なら人が集まることもないだろう……うぅ、さむ)
寒さをしのぐため、ラズは急いでテントを建てた。一応サバイバル知識も身に着けたが、こんな厳しい環境で一人で生きられるか、いささか不安にはなる。
(……いやいや、決めたことだっ)
そんな弱気ではダメだと、気合いを入れるつもりで身震いをすると不安な気持ちがごまかされた。
(俺は一人になるって決めたんだ)
住めば都。もう少し天候が回復すれば散策もできるだろう。
(そうしたら食料になりそうなものを探して、飲み水も確保して……)
やることはたくさんある。これから自分の好きなようにできると思えば気楽なものだ。
テントの中は風が遮られて暖かく、ふかふかの毛布にくるまっていたら、だんだんと眠くなってきた。長い旅で疲弊した身体を横たえ、ラズはなるべく明るい未来を想像した。
今は寒いけど雪が止んだら、おいしいものや珍しいものがあるかもしれない。新しい発見に心が躍るかもしれない。
もうあの恐ろしい闇は訪れなくて。いつか落ち着いたら、みんなに、レイシーに、また会えるかもしれない。
色々先行きのことを考えていたら、少しモチベーションは上がった。不安だった心が落ち着くと同時に、心地良い睡魔が訪れた。
(う、ん……?)
あっという間に寝てしまい、どれぐらい眠りに落ちたのかはわからない。ふと外から物音がして、ラズの浅かった眠りは覚めてしまった。
(……音?)
テントの向こうから何かの物音がする。眉間にしわを寄せたくなる不快なリズム……それは風の音ではない。固いものをトンカントンカン叩いているような音だ。
トンカントンカン……まるで金槌で釘を叩いているような。そしてガコンッと何かがハマったような。
そこでラズの眠気は一気に吹き飛んだ。
(はぁっ、音……!? お、おかしいぞ。この音は絶対おかしい、自然な音じゃない……動物か? 動物がトンカンやっているのかっ!?)
ラズはかぶっていた毛布を跳ね除け、飛び起きると。遮断されたテントの幕に恐る恐る手をかけた。
ここを開いて外を見た瞬間、全てが終わる気がした、なぜかものすごい絶望をすでに感じる。今さっきまで『またみんなと、レイシーと会えるかなぁ……』なんて考えていた気持ちが遠い昔くらいに儚いことに思える。
(でも、ありえない、ありえないだろ、こんなの……お、落ち着け、落ち着け……)
唇が震えるぐらいの絶望というか、恐怖というか、パニック。ラズの脳内には否定と疑問の言葉が飛び交っている。
だが、いつまでこうしているわけにはいかない。ラズは震える手に力を込めてテントの幕を、意を決して持ち上げた。
そして目の前に広がる光景を見た途端、ラズは開いた口がふさがらなくなった。
「あ、あ、ありえないっ!」
声を大にして叫んでしまった。大人になってこんな絶叫することは滅多にはないだろう。
なんでこうなるのか。誰かわかるなら謝礼を渡すから説明してほしい。
そこに広がる世界は、つい先程まであった雪景色ではなかった。雪景色は幻だったのかと思うほどの暖かい気候で。ちょうど良い日差しにより、白い景色がすっかり溶けて茶色の広い大地をあらわにしていた。
その大地を踏みしめ、多くの人々が歩いている。剣を腰に提げた冒険者、フードをかぶった魔法使い、寝袋を背負った商人など普通に街中にいるような人物達が、そこかしこに。
(なんでなんでなんでっ!?)
声にできない絶叫をしながら、ラズは頭を抱えて振り乱す。
朦朧として自分はどこかの街中にテントを張ってしまったのか? 疲れて街中にいることさえ気がつかなかったのか。
(そんなはずはない、さっきまで見た景色は完全に雪に包まれた世界だった! 寒くて凍えそうだったのは、しっかり肌が覚えているぞ!)
「ラズ様っ」
唖然とするラズの元に駆け寄ってきたのは、いつもそばにいる青い髪の人物だった。
「大変なんですよ。ラズ様が寝ている間にハルーラさんが『ここは寒すぎるーっ!』と言って魔法を使ったんですよ。ほんの少し火を出すつもりだったらしいんですけど、なぜか気候が変動してしまって、雪が溶けて初夏の気候になったんです」
「な……は? えっ?」
色々ツッコミ要素が満載過ぎて情報処理が追いつかない。とりあえず混乱中の脳みそに情報を一つずつ送り込んでみよう……。
ラズはかろうじての理性で、涙目になりながら、うなずいた。
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