幼稚園の学芸会!

崔 梨遙(再)

1話完結:1000字

 皆様は、幼稚園時代をおぼえているだろうか? ほとんどの人は、おぼえていないという。だが、それは印象的な出来事が無かっただけだろう。僕もほとんど忘れているがのだが、おぼえていることもある。


 印象的というのは、めっちゃ嬉しかったことや、めっちゃ嫌だったこと。僕は、嫌だったことを根に持って、今も忘れないでいる。



 それは、学芸会のこと。僕達は強制的に演劇をやらされた。劇の内容は、今でもおぼえている。子がほしかったのに子宝に恵まれなかった善人の老夫婦が、何か良いことをして、神様? から褒美として10人くらいの息子を与えられ、その10人の活躍で大金持ちになって幸せに暮らすというお話だ。


 配役を決めるミーティングがあった。みんな、目立つ役をやりたがり、複数の希望者がいた場合、じゃんけんで決めていた。じゃんけんで勝てば、好きな役を演じることが出来たのだ。


 当時の僕は、目立つことが嫌だった。どの役にも手を挙げなかったら、最後に残った『木』の役に決まった。“木? 木の役? 何それ?”と思ったら、山のシーンの度に、段ボール紙で作った葉っぱの冠をかぶり、左右の手にそれぞれ段ボール紙で作った枝を持って舞台に出るというものだった。


「段ボール紙で、木を作ったらええやないですか」

「それやと、山のシーンになる度に出し入れしないとアカンやろ? 崔君が木の役をやって、走って舞台に出たり引っ込んだりしてくれたら、木の小道具を作らなくてもええやんか」


 “おいおい、いくら目立ちたくないとはいえ、『木』かよ!”と、僕は不満だった。しかし、全ての役が決まってしまってから文句を言うことも出来ない。


 練習が恥ずかしかった-! 赤面してしまう。“僕はいったい、何をやっているんやろう? そもそも木の役に練習が必要なのか?”などと思いながら練習した。真面目に木の役を演じる僕を見て笑う子もいた。屈辱だった。



 そして、本番の日がやって来た。僕は木の役を熱演してみせた。ひたすら自分の気配を消して、風景として舞台の世界に溶け込んだ。恥ずかしさも忘れて集中した。


 ところが、想定外の出来事があった。僕の母が見に来ていたのだ。これは、恥ずかしいし申し訳無い。木の役の息子を見て、母はどう思ったのだろう?



 帰宅してから母の様子をうかがうと、母は何も言わなかった。“良かった”とも“悪かった”とも言われなかった。無言の母が怖かった。



 すまん、お袋! でも、木の役は結構、出番が多かったんやでー!







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幼稚園の学芸会! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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