第11話

◇◇◇






「はぁ〜」





週明けの月曜日。


出社してすぐにデスクに突っ伏す。




「どうしよ〜」






そのことに気付いたのは、

今朝、支度をしているときだった。



いつも歯を磨いて着替えて、

ピアスのあとに身につけるアレがない。




腕時計がないのだ。





その腕時計は、

母が買ってくれたものだった。



中学生のときに父を亡くし、それから女手一つで私を育ててくれた母が、入社祝いにプレゼントしてくれたものなのだ。


上品なダークブラウンのクロコレザーのベルトに、ケースが真鍮で作られたデザイン。


私の好みをしっかりと理解していて、さすが母親だなぁとすごく嬉しかった。それからずっと出掛けるときには身につけている。



そこまで高価なものではないかもしれないけど、私にとっては宝物なのだ。





土日は家でダラダラと過ごしていたので、

気付いたのが今朝になってしまった。






すぐに、あのBarだと確信した。





化粧室で手を洗うときに外して、あの素敵な壁紙に見惚れてしまい、すっかり忘れてしまったのだ。












「ノノ、朝からどうしたの?」



黒髪ロングヘアを耳に掛け、

朝とは思えないセクシーボイス。


口もとのほくろも、エロい。



私を朝から『ノノ』と呼んだのは、

同じ経理部の先輩、山田志乃。



通称 山田姐さん


年齢は不詳。




入社してからずっとお世話になっているけれど、今だに謎の部分が多い美女。


結婚はしてるけど、子供はまだいないみたい。




「山田姐さん、おはようございます。

ちょっと色々と問題が発生しまして」






「ーーなに、オトコ?」




ほくろのある口角をにっと上げる。


だから、いちいちセクシーなんですって。




「違いますよー

ただの忘れものです」



「なーんだ、つまんない。そろそろ面白い話の一つや二つ持って来なさいよ」



「・・・すみません」






なぜ「姐さん」なのかというと、

あれは入社して1年が経った頃。


明らかに理不尽な内容でタヌキおやじ(田中課長)に私が怒られていたところに、山田先輩が岩下志麻ばりのドスの利いた声で一言。



「その辺にしときなさいよ」




真っ青になったタヌキおやじの説教が、

ピタッと止まったのだ。




ーー入社して以来ずっと不思議なオーラは感じてはいたが、このとき絶対に違う世界のヒトだと私は感じ取ったのである。


その後初めて飲みに連れて行ってもらった居酒屋で、ノリで「山田姐さん」と呼んだところ、「それイイねぇ!」と本人もお気に召したご様子だったので、それからそう呼んでいる。


まさか「姉さん」ではなく、「姐さん」という意味だとは思っていないだろうけど。

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