第42話

「聖城さん、何か怒る様な事があったんですか?」


首を傾げ、質問する。


「っ!」


突然、ピアノの音が止まった。


そして、聖城は乙葉をじーっと見た。


「ず、図星ですか?」


キッと聖城の目がキツくなる。


猫に睨まれているような気になった。


「…もし、将来を他人に決められたらどうする?」


「え?どう言うことですか!?」


どっ、どういう意味だろう?


乙葉はあたふたと焦る。


「昨日、担任に言われたんだ。

お前は音大に行けってな。」


「え?」


「それがお前の進路だって、当たり前の顔をして言われた。」


「…。」


聖城の話を乙葉は黙って聞いていた。


「音大に行ってまで、することなど、何もないのにな。」


「聖城さん…?」


「でも、もう、3年生だ。

そろそろ、自分の将来について、答えを出さないといけないのか…」


「あっ…」


そうか、聖城さんは3年生だ。

進路について迷っているんだ。



「俺は…自分が何をしたいのか分からない。」


ピアノを一点に見つめ、指に力を込める。


「聖城さんのピアノの音色は私の心を優しく包み込んで癒してくれる。

私の他に、そんな事を思う人達が増えるのは、きっと、素敵なことだなって思います。」


「絵咲さん…。」


聖城は乙葉を軽く見た後、ピアノの鍵盤に視線を落す。


「…悪い、今日はもう、終わりにしていいか?」


「あっ、はい、分かりました! 」


「それと、絵咲さん、番号教えてもらってもいいか?」


「え?」


「だめなのか?」


聖城の目が、真っ直ぐに乙葉を見つめてくる。

聖城に言われて、断る人などいるのだろうか?


「勿論、大丈夫ですよ!」


乙葉は、慌ててスマホを取り出すと、聖城に教えた。


「有難う。

じゃ。」



どことなく、悩んでいる様子の後ろ姿が印象的だった。

私にはまだ、聖城さんの心の中を覗く事はできないのかな?

力になりたいけど、決定的な何かが私には足りない。


乙葉はピアノの鍵盤に触れた。


でも、ピアノは何も答えてくれなかった。

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