Vol.1/心臓にナイフ(6)

わりぃ。ちと、電車が遅れて」


 とっさに嘘をついた。本当のことをいっても、どうせ信じないだろう。


「何か、その……なかったのかよ?」


 次に口を開いたのは、ドラムの 善塔ぜんとうだった。角ばった四角い顔が特徴だ。何だか探るような眼つきをしていた。


「なかったかって……どういう意味だよ?」


 妙な問いだと思った。逆に訊く。


「べ、別に」


 スティックを握りなおすと、善塔は急にドラミングの練習をし始めた。


 キーボードの刈谷を見ると、ヤツは慌てて顔をそむけた。そのまま、眼を合わせようともしない。


 三人とも、態度がおかしかった。


「……あいつは?」


 誰に尋ねるともなく、尋ねた。


 あいつとは、バンドの紅一点、ボーカルの彩菜のことだ。歳は二十歳で茶髪ちゃぱつのロング、猫みたいに吊りあがった眼をしていた。


 ちなみに、オレとつきあっていた。でも最近は……例の、メジャーデビューがらみの問題もあって、上手くいっていなかった。


 実は、彩菜がその急先鋒なのだ。


「今日は休むってよ」


 ドラムを叩く手をとめて、善塔が答えた。


「白鳥さんから、連絡があったからって」

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