Vol.1/心臓にナイフ(5)

 それでもなお、嫌なものは嫌なのだった。やりたいことをやる自由が、阻害される気がするのだ。大体、ロックみたいな音楽をやるようなヤツは自由気ままで束縛を嫌うと、昔からそう相場が決まっているのだ。だから勘弁してほしいのだ。いや、ホント、マジで。


 ナイフを捨て、ススキの中を掻きわけるとギターがケースごとあったので、これをかつぐ。


 とんでもない事態になってしまったが、かといって練習をすっぽかす訳にもいかないので、貸しスタジオには行くことにした。非日常な状況に陥った際、ひとは心理的なバランスを維持するために日常性に固執するというが、これもまた、そんな心理の現れなのかもしれなかった。


 陽はすでに暮れていた。完璧に遅刻だが、まずは血で汚れたセックス・ピストルズのTシャツを着替えに、自宅に戻らなければならなかった。


     ※

 

「ひっ!?」


 貸しスタジオのドアを開けた途端、木崎が驚きの声をあげた。他のヤツらも同様だった。幽霊にでも出くわしたみたいな驚愕ぶりだった。


「な、何だよ?」


 オレはいった。


「い、いや、い、いきなり入ってきたから……遅かったじゃねーかよ」


 取り繕うように、木崎がいった。


 木崎はベース担当の切れ長の眼をした美形イケメンで、バンドのヴィジュアル担当も兼ねていた。引きしまった筋肉質の身体はタフな印象を与えるが、性格は逆だ。内面的に弱いところがあった。



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